33年前の気合いをのぞき見る

定番ですが21世紀はここから

あまりにもあっさりとやって来たのでいまだにピンとこない21世紀。時代を表す言葉は世紀末から新世紀へと変わったが,実感はまるでない。たぶん子供のころから空想してきた21世紀とはだいぶ違っているからだろう。

少なくとも,かつての夢多き科学少年(私ね)のロマンをかきたてるような未来世界とはだいぶ趣が異なる。数十年前の人々をこの時代へ連れてきたらどんな感想を聞かせてくれるだろうか?想像するとちょっと面白いかもしれない。

それが未来学の専門家や科学者やSF作家だったりしたらなおさらだ。たぶん彼らにしてもスチールイメージのハイテクとやけにしまりのない風俗の混淆に意表を突かれるのではないか。

そんな風に思うのも21世紀最初に観る映画をどれにしようかと考えていたせいである。

あまりにも定番だけどここはやはり「2001年宇宙の旅」かなと思い,引っぱり出してみたのだが,ふとオマケ映像のことを思い出した。原作者アーサー・C・クラーク氏の講演が収録されているのである。で,見てみるとこれがなぜか以前よりずっと面白く感じられるのだ。2001年になったという意識があるせいだろうか。

知的西洋人の顔なり

最近流行のサプルメントの傾向からすると,原作者の講演の模様というのはオマケ映像としてかなり珍しい部類ではなかろうか。プレミア前の会見らしいが,どう見ても講演の席というよりパーティーの場でしゃべっているような光景である。

そう広くない部屋で正装した紳士淑女がテーブルについている様子は,記者会見や講演の会場とはだいぶ感じが違う。テーブルにはちゃんと料理や飲み物が並んでいるしね。公開記念のパーティー会場でMGMの重役から紹介されて一席ぶつクラーク先生の図,みたいな光景なのだ。記述がないので詳細はわからないのだが,いったいどんな集まりだったんだろうなあ。

ともあれ,SF育ちの僕にとってアーサー・C・クラークといえば天上の星にも等しい大作家である。

たまにテレビの科学番組などで見る彼の姿には老いたイメージが強かったのだが,この映像での彼の印象は違う。ここで見るクラーク氏は格段に若く(それでも50歳くらいなのかな)強靱な知性に支えられた西欧型知識人らしいキャラクターである。

眉根のあたりがいかにも強情そうで知力に対する自信のようなものが伝わってくる顔だ。現役バリバリの人間だけが持つ力感である。こんなクラーク氏の姿が見られるだけでもこの映像は値打ちものなのだ。まあロートルSFファンだけのことかもしれないが。

パーティーと重力場推進

この講演でのクラーク氏のコメントは自信に満ちたものだが,特にこの映画におけるビジュアル面の充実にはいたくお喜びのようで,今後の(現実の)宇宙船設計やそのデザイナーにも影響を与えるかもしれないと言い切っている。

聞いているこっちもうむうむとうなずいてしまうくらいの自信と頼もしさだ。ああ,尊敬する作家が元気がよいというのは快感だ。

席上では講演のみならず質疑応答まであるのだが,何しろ話題になっているのはあの映画であるからして並のパーティーでは聞けそうもない質問が出てくる。地球外知性体との接触はどのようにあり得るか,人類の発生は地球に限られるのではないか,統一場理論の完成は重力場推進を可能とするか,UFOについてはどう思うか等々。

パーティージョークには向かない話題ばかりだし,質問した方だってどこまでわかって言っているのか怪しいもんだが,クラーク氏は時にジョークでわかせながらきちんと答えてくれる。いやあ大人という字にたいじんという読みがあることを実感できる余裕だ。

ここでクラーク氏は旧ソ連の宇宙開発に対する姿勢を高く評価し,宇宙に対する認識と情熱ではアメリカに勝っているとおっしゃる。しかし現実にはソ連といってもなんのことやらわからない世代がまもなく登場するはずだ。よもや21世紀がそんなことになるとはさすがの氏も予想できなかっただろう。

33年後の検証やいかに

このクラーク氏の講演の映像は短いものだが,すでにあの映画を見,そして21世紀を迎えた今見直すと実に興味深く面白い。

33年前,未来を見据えた大プロジェクトとして史上に残る傑作を誕生させた人々の自信や興奮といったものがうかがえるだけでなく,あの当時のかなりオプティミスティックな想像力までが伝わってくるのだ。

せっかくの2001年,やはりもう一度観ておきたい映画なのだが,できることならこのクラーク氏の講演の模様も見ていただきたい。たぶん世界観も未来観もずいぶん変わってしまっていると思うが,作者たちの情熱や自負,意気込み,未来へのビジョンや人類と宇宙といった大テーマまでがひとときあなたの頭をかすめるかもしれない。

クラーク氏のメッセージが古びてしまったかそれともいまだ現役であるか,それはご自分で判断していただきたいが,一見の価値あるサプルメントであることは間違いない。

ちなみに時代によって呼び方が変わるKUBRICK監督だが,クラーク氏は「キューブリック」と発音しているようだ。公開時は確かスタンリー・カブリックと表記されていたもんだがなあ。まあこれは蛇足。