「タワーリング・インフェルノ」絢爛たる災厄

今日はパニック映画だ

実を言えば,僕はかつてたくさん作られた大作パニック映画の類にはあまり好意的ではなかった。大味で中身が薄く,落ち目の元スターを集めただけの商売作という固定観念が出来上がっていたからだ。偏見もいいところである。今ならそんなせせこましい決めつけはしないんだけど,若い頃というのは自分自身に対してもカッコつけたがるものなのだ。

単純な娯楽作品を軽視しているうちはなかなか幼稚さを脱することはできない。商売けっこう,ケレンもハッタリも大歓迎,こう言えるようになってこそ商業映画の大群を宝の山として受け入れられるというもんだ。ホームシアターの時代になって昔のタイトルをあらためて見るようになるとそのことを痛感する。

このジャンルのビッグネームである「タワーリング・インフェルノ」は公開当時も大ヒットしたしテレビでもさんざんやったはずだが,僕には今ひとつ記憶が薄い。スペクタクルは大好きだったはずだが,なぜか大した印象が残っていないのである。

しかし公開から四半世紀を過ぎ,DVDで再見したそれは実にデラックスで絢爛たる娯楽大作であった。わーお,パニック映画って面白いじゃん!

予算と人材をがんがん注ぎ込んでいかにもハリウッドらしいパワフルな面白さになっている。これを軽んじていたとは,昔の自分はずいぶん損をしていたものだと思う。今だったらウキウキしながら劇場に駆けつけただろう。ぜいたくを楽しむというのはアメリカ映画の神髄だ。

顔見世興行おおいによし

この映画は俗に言うオールスター・キャストなんだが,名のあるスターたちがそれぞれの場でそれぞれの見せ場を作ってくれるという点で実にうまく機能していると思う。主役のスティーブ・マックィーンやポール・ニューマンが活躍するのは当然だが,他の連中も印象的な生き様死に様を見せてくれる。

超高層ビルの竣工パーティーに招かれたさまざまな人物,さまざまな思惑,そして彼らを襲う大火災とくれば当然そこには登場人物の数だけドラマがある。あえなく死んでいく者,屈せず戦う者,醜くあがく者,嘆き悲しむ者……映画はいくつもの生と死を描きながら進行していくが,そのひとつひとつが印象的でここにオールスターを配置したのはまさに大正解。

彼らはさまざまな運命の代表者でもあるのだ。絢爛たる炎の地獄で生と死を競い合うにはやはりスターたちの顔こそがふさわしい。オールスター・キャストの醍醐味は確かにここにある。

僕はこの映画を見ながら,これなら有名スターをかき集めるのも悪くないな,と初めてオールスター映画の強みを実感できたような気がした。まあギャラはたいへんだろうが,だてにこの世界で名をはせているわけではない。この確固とした存在感はその他大勢クラスの役者のそれとは別物だ。

神業はなくとも

この映画でマックィーンの超人的な活躍やニューマンの責任感と並んで印象的なのは,もしかするとフレッド・アステア扮する詐欺師のエピソードではないだろうか。

ミュージカルでの偉大な業績,特に神業のダンスで頂点を極めた彼だが,そういった要素とは無縁の映画でも渋い演技者としてその存在感は格別だ。かつて「渚にて」を見たときも「ああ,この人はほんとうにいい演技をする役者さんだなあ」とひどく印象に残ったものだが,それは本作でも同様だ。

人をだましきれない優しい老詐欺師。愛した女性と交わした約束も誠実さも無慈悲に呑み込んでしまう炎の災厄。この物語では多くの犠牲者が出るが,死んでいった者たちよりなお痛ましかったのが生還した彼であったとは……。感情移入して見ていたのでちょっと辛かった。

彼の愛した女性はエレベーターで脱出中,爆発で外に投げ出されて死んでしまう。生き延びてほしい人がこうして死んでいくショックはパニック映画の常道だが,抱きかかえていた我が子をとっさに他の人に投げ渡して落ちていくその母親のけなげさと悲しい運命が胸を打つ。(※)

ところで映画の最初の方でアステアがパーティーに備えて身支度を整えている場面があるのだが,ここで彼が軽くステップでも踏むのでは,という思いを抑えきれなくて苦笑してしまった。そういう映画じゃないのはわかってるんだけど,今にも踊り出しそうなタイミングだったからね。自己抑制の利かない二流三流の監督ならやってしまったかもしれない。

愚か者は死ね

この映画のビル火災は典型的な人災で,かつその原因となった男も登場人物の1人である。こいつがまた絵に描いたような情けない野郎なので,悲惨な最期を遂げても当然何の痛みもない。観客の素朴な正義感を逆なでにするこういうキャラクターはなるべくザマーミロという死に方をしなくてはいけないのだ。それが娯楽映画の文法というものである。

観客の軽蔑と憎しみを買うと同時に,せこい理由で手抜き工事をしてはいかんよ,という教訓を大勢の人に印象づけるには適役だ。だからというわけでもないだろうが,実にありがちな,実際にいそうな造形になっている。今どきの映像技術ならさらに無惨な死に方が用意されたことだろう。

火だるまのスタントが大活躍でさぞ撮影はたいへんだったろうと思うが,ビルを下から見上げたショットが多いので小さな画面で見るのはもったいない。特にクライマックスの爆発と大放水のシーンなどはスケール感がないとカタルシスが半減する。これこそホームシアター向きの映画だろう。

今でこそ特撮の作り物っぽさが見えるとはいえ,豪華スター競演の大作としての面白さはいささかも衰えていないのではないか。僕などはDVDになって初めてまともに見たようなものだから派手でスリリングな展開をたっぷり楽しむことができた。それはもう新鮮なくらい。

パニック映画,面白いわあ。

※さて,ここで「抱きかかえていた我が子をとっさに他の人に投げ渡して落ちていくその母親のけなげさと悲しい運命が胸を打つ」などと書いておりますが,「うんにゃ,あの女の人はあの子の母親じゃないよ〜」と指摘されました。ああっ,ホントだ,確かにあの女の子の母親はそれ以前に救助されていたのでありました。書く前にちゃんと通して見たはずなのに大ボケかましてしまった。

このHPは映像作品へのラブレターのつもりで書いているのですが,「おお,君のその美しい金の髪,海よりも深く青い瞳」と型どおりに書き送った相手が実はブルネットの娘だったというような失態ですな。本物のラブレターだったら彼女との仲は修復不能の事態に陥ったことでありましょう。

本文は今後の戒めとしてそのままにしておくことにします。ああ,他にもマヌケなミスをしてるんじゃないかと思うとちょっと冷や汗。気をつけねばなあ。