「ザッツ・エンタテインメント」黄金時代の夢に感謝

アンチ・ミュージカル派よ,回心せよ

今でこそこうして好きな映画の話なんぞを書き散らしているが,僕が本格的に映画ファンになったのはかなり遅く,社会人になってからだ。子供の頃から映画館に通い詰めてたような筋金入りの映画好きに比べるとまだまだである。定番のタイトルでも未見のものが多いので,知ったかぶりをするとボロが出る。

しかし一口に映画といっても実に幅広いジャンルがある。極端な話,ヴィスコンティとドラゴンボールが同じ「映画」という言葉でくくられてしまうのである。当然,同じ映画ファンといっても好き嫌いや守備範囲の違いはかなりある。

できればいろんな作品を分け隔てなく楽しみたいものだが,これは当人の趣味や蓄積度によって様々だ。ジャンルの特性がはっきりしているもの,たとえば特撮ものやアニメ,ホラーなどはなおさらだろう。

そしてもうひとつ,映画ファンに広く受け入れられているようでいて実はかなり好き嫌いがはっきりしているのがミュージカル映画というジャンルである。これはもう「好き」か「全然見ない」かどちらかである。僕自身もかつては「全然見ない」派であった。

そのミュージカル映画食わず嫌いを180度変えてくれたのが「ザッツ・エンタテインメント」である。

目で見る黄金時代に驚愕する

この映画はハリウッドというかMGMのミュージカル映画のハイライト集だが,その意義は計り知れないほど大きく,初期から黄金の40,50年代までのあらゆる試みを見せてくれる。

以前にも書いたが,当時の芸人たち(むろん尊称だ)の実力はすばらしいの一語であり,長回しでもボロが出ないあっぱれなパフォーマンスを見せてくれる。1秒程度のカットにしか耐えられない現代のダンスシーンとは別世界だ。

まさに目からウロコが落ちるという感動だった。劇場で見たのではなくLDでの初対面だったが,ハリウッドの芸人たちの超絶技巧ぶりとショウビジネスの精華が詰まったフルコースの豪華料理という感じ。客を楽しませるためにあらゆるアイデアをそそぎ込んできたこのジャンルの凄さというものをまざまざと見せつけてくれる。。

欠点ではなく強みなのだ

ドラマの途中で唐突に歌やダンスのシーンになる,というこのジャンル独特の表現は食わず嫌い派の人たちにはなじめない。たぶん。僕自身もヘンなの〜と思っていたからだ。しかし歌(音楽)やダンスというのは本来人を気持ちよくさせるものだ。ミュージカル映画というのはそういった気持ちいいものをちりばめて作られている。

楽しくないはずがない。そう,ミュージカル映画というのはとっても楽しいものなのだ。

劇中に歌やダンスが登場するのは不自然でも何でもない,もっとも自然な表現なのである。なぜなら,ミュージカル映画は音楽をBGMだけでなくメインの表現手段として使っているからだ。戦争映画が戦闘シーンを,西部劇がガンファイトを,SF映画が派手な特撮を武器に表現しているのと同じである。

エンタテインメントの大鉱脈に遭遇せよ

そしてこの「ザッツ・エンタテインメント」にはそのエッセンスがめいっぱい詰め込まれている。ジーン・ケリーもフレッド・アステアも名前だけしか知らなかった僕に「雨に唄えば」や「巴里のアメリカ人」を買いに走らせたのはひとえにこの作品の故である。ガーシュウィンの曲っていいねえ,などといっぱしの口をきくようになったのもこれ以後である。そしてタップダンスのリズムがただの雑音から心地よい響きに変わったのもこの映画を見てからだ。

帽子掛けのスタンドを相手に踊るフレッド・アステアの何気ない軽やかさなど神業に近い。ジーン・ケリーのパワフルな動きも実に気持ちいい。水着の女王エスター・ウィリアムズと人海戦術の水中レビューシーンなんて,後のパロディしか知らない身にはここで見るオリジナルは感動だ。ああ,いちいち書いてたらキリがな〜い。

これほど豊かな文化を知らずにいたのはもったいないの一言に尽きる。おかげで僕は一人の映画ファンとしてエンタテインメントの大鉱脈を知り,ジャンルに偏見を持たないことの大切さを教えられた。大恩ある作品なのだ。

後にパート3まで作られ,その3作に数々のサプルメント映像(いずれ取り上げるつもり)を追加したボックス版LDもリリースされている。まさに全映画ファン必携のアイテムであろう。何度見ても尽きることのない楽しさを発見できるウルトラスーパーデラックスなタイトルである。

不器用な僕でも踊り出したくなるんだよ。