「マーヴェリック」で王道を気楽に見る

お気楽に楽しみたい今日この頃

つくづく難しい時代になったなあ,と正直ため息が出そうなイラク戦争(今は2003年春)のこの時期,アメリカに対するアンビバレントな気持ちに心が重い人も少なくないことと思う。アメリカのスポーツや音楽や,何よりハリウッド映画を心から愛する人々にとって,あの国の矛盾が今ほど心にこたえる時代はかつてなかったかもしれない。

先月のアカデミー賞授賞式のあのナーバスな雰囲気はやはりハリウッドには似合わないと思うのだ。僕は脳天気なくらいの健全さこそあの国の文化の美点だと思っているので,やたらと星条旗が透けて見えるような状況はちょっと願い下げである。

であればこそ,ふと引っぱり出してみた「マーヴェリック」の楽しさには心底ホッとした。

ここには目をつり上げて踏み絵を迫るような嫌なアクの強さはない。ヨーロッパ映画のような人生の深みとも無縁だが,そのかわり大人の懐の深さのような安心感,そして余裕が心地よい。うん,これだよなあ,これこそアメリカ映画の健全なる見本とでも言おうか,なんだか頼もしさみたいなものを感じるのである。

このゆとりのほんのひとかけらでも現実の政治に反映されていたら,アメリカはさぞ愛され,支持される国になっていただろうに。僕などはどうしても映画がらみでそんなことを考えてしまうのだが,無邪気すぎるだろうか。

テレビ版は知らないけれど

これは一攫千金をねらうギャンブラーたちの虚々実々の騙し合いと,主人公たちに次々に降りかかるトラブルや陰謀,逆転と波乱の展開をコメディタッチで描いたホントの娯楽映画である。メル・ギブソン,ジョディ・フォスターらが実に楽しそうにやっていて,しかもそれがこっちにも伝わってくる。

だから公開から10年近くたった今,僕は前記のような事情で楽しさと共に"ありがたさ"みたいなものも感じてしまうのだ。暗くてうんざりする世相なので気楽に楽しめる映画ってありがたいよねえ。

この映画,元はテレビシリーズである。だが,僕は子供のころかなりのテレビっ子だったのに昔のテレビ版「マーベリック」の記憶がない。時代的にはぶつかっているはずなのに覚えがないとは不思議だが,ともかくそんなわけでテレビ版との違いや,逆にテレビ版に対するオマージュの部分(けっこうあるらしい)などはわからない。けれど,この映画はそんなこと気にせず楽しむことができる。

西部劇に名作は多いけど,それらは古い作品ばかりで画面自体に年代物の雰囲気がまとわりついている。そこへいくとこの映画はかちっとクリアで非常に美しい映像が気持ちいい。

綺麗な映像の,つまり最近作られた西部劇には逆に昔の西部劇の雰囲気みたいなものが感じられないことが多いが,この「マーヴェリック」にはその"匂い"というか"色合い"がけっこう出ている。日本の時代劇と同じで黄金時代の香りを再現するのが難しいジャンルなのだが,ここは健闘をたたえよう。

役者もまた楽しむべし

マーヴェリック役のメル・ギブソン,失礼ながら僕は昔「マッドマックス」だけで終わる人だと思っていた。見る目がなくてファンの方には申し訳ない話である。今や超ビッグネームだ,恐れ入りましたと言うほかない。

芸風を広げ,才能を開花させ,ついでに運と成功をつかむのは至難の道だと思うが,この映画のように二枚目半のキャラクターやコメディリリーフをこなせるようになると,歯を食いしばったヒーローから大きく前進できるのかもしれない。こういった映画を楽しそうに演じられるってのはいいよねえ。

ジョディ・フォスターなんか尚更そうだよ。

彼女の映画を逐一見ているわけではないが,僕には眉根を寄せたシリアスなヒロインのイメージが強かっただけに,このネアカな女ギャンブラー,アナベルのキャラクターはたいへん可愛いと思う。彼女もっとこんな役やればいいのに,とつい思ってしまうチャーミングな仕事ぶりだ。

彼女は歳をとるごとに美しくなっていくタイプの女優さんだと思うのだが,この映画の中では役柄のせいか特にその美貌が輝いていると思う。他のシリアスな役では綺麗だけどハードで手を出しづらい女という感じだが,このアナベルには思わず抱き寄せたくなるような魅力がある。やっぱり彼女にはこういう役をもっとやってみせてほしいな。

吹替えもいいんだなあ

DVDの普及のおかげで最近は吹替版を楽しむ人が増えたと聞く。ノーカット&ノートリミングで字幕スーパーというのが昔からのマニアの要求だったが,今ではもっとお気楽に映画を楽しみたいという客層も多いのだろう。よいことだと思う。

吹替えだと情報量が多くてセリフの機微もよく伝わるし,映像に集中できるのもいい。オリジナルの音声だって二度目,三度目に見るときに選択すればいいのだし……と僕なんかも納得するようになった。

で,このDVDではジョディ・フォスター役の深見梨加さんが僕のお気に入りだ。この人はシリアスよりテンションの高いドタバタやコメディの方がいけるのでは,と以前から思っていたのだが,このアナベルのキャラクターはまさにそんな役どころ。

途中,尼さんたちの金を強奪した犯人をマーヴェリックが撃ち倒して(殺してはいない)奪われた金を取り戻す場面があるが,そこでアナベルは

さー,金はどこだ,出せー
ほら,金を出すんだよ
金はどこだ,金はどこへ隠した〜
あ,あれかしら(きゃ)

と倒れた強盗たちの間を嬉々として走り回る。この時の深見嬢のセリフ回しが実にもうハマっているというか,かつて某セーラー戦士をやってたころの笑えるノリを思い出して楽しかった。まあ,これは僕だけの事情か。

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昔のLD版の解説を読んでいたら,アメリカでは公開当時ラストをバラさないように観客に頼んだとある。そのくらいどんでん返しの連続なのだが,騙し合いの結果はご覧になった方ならおわかりのとおり。僕は今回はDVDの吹替版で見たせいもあってか,マーヴェリックとアナベルの駆引きがまるでルパンと不二子の関係みたいでたいそう楽しかった。

ハリウッドの娯楽映画はこうでなくちゃね。