「ライフポッド」に中堅SFの心意気を見る

掘り出し物に拍手

普段は財布の中身と相談しながら購入するソフトを吟味している人も,時にはキャッチコピーにつられて未見の映画をつい買ってしまうという経験があるのではなかろうか。無駄遣いはよくないとわかっていても,ふと心が動くということはあるものだ。動きっぱなしだと破産だけど。

僕にとってロン・シルバー監督の「ライフポッド」という作品はまさにそれだった。まだせっせとLDを買っていた頃,たまたま店頭で見つけたのだが,ジャケット記載の簡単な解説を読んで「面白いかも」と思ったのだ。

こういう衝動買いがハズレだと落胆も大きいのだが,時に思わぬ掘り出し物にぶつかることがある。当たりを引いたときの喜びはもう何とも言えない快感だ。

そしてこの「ライフポッド」はまさに大当たりだったのである。

これはヒッチコック監督の「救命艇」という作品を宇宙SFにリメイクしたものらしいが,僕はそのオリジナルの「救命艇」を見ていないので,原作のどこがどの程度生かされているのかわからない。しかし,この映画のサスペンスやよく作り込まれたドラマは掘り出し物などと形容するのが申し訳ない出来映えである。今回この一文を書くために再見してあらためてそう思った。

予算はなくとも

宇宙を航行中の客船が事故で爆発,エンジンもない救命艇(ライフポッド)で脱出したわずか9人だけが極限状況の中で救助を待つ。しかしその爆発事故は仕組まれたテロであり,犯人もまたこの救命艇の中にいる。しかもそいつは正体を隠しながら狭い船内で新たな犠牲者を生み出していく……。

もうこれだけでさまざまなドラマが考えられる設定だが,だからこそここから先が作り手たちの力量が問われる部分なのだ。

そしてこの映画は,低予算で派手な画面が望めなくとも脚本や演出に力があれば面白い作品に仕上げられるという,まさにその見本のような出来なのである。今回じっくりと見直したおかげでよけいにその点が明瞭に感じられるようになった。

さまざまな背景を持った人間たちが逃げ場のない空間でぶつかり合うのだから,キャラクターの描き分け次第で面白くもなれば陳腐にもなる。その点,この作品はうまいぞ。登場人物たちの過去や,彼らひとりひとりが抱え込んだ事情が少しずつつながってついにはこの事故の真相さえも浮かび上がってくるのだが,そこにいたるまでのセリフのやりとりなどが実によく練られているのだ。

決して大作ではないけど,よくできた欧米SFの中短編を読んだときのような充実感である。手抜きのない職人の仕事っぷりとでも言おうか。

ディテイルにセンスあり

この映画では,細かい設定や小道具がよく考えられた上でドラマの中に配置され,それが表に出るかどうかの,裏設定ギリギリのところにありながらも,ひょいと顔をのぞかせるたびに物語の背景が浮かび上がってくる。2度,3度と見たせいかもしれないが,僕はこの作品の演出ぶりに作り手の優れたセンスを感じる。

きな臭い惑星間の対立,サイボーグの悲哀,理不尽な冤罪,退廃に流される女,故郷に待つ家族への思い,死を覚悟してなお責任を果たそうとするパイロット,テロリストの恐怖,そして薄い隔壁の外に広がる広大な空間……それは死そのものの気配に包囲された絶望的な閉塞感を象徴するものだ……そういった諸々の要素がひとつの背景に収まって登場人物たちを追いつめていく。

この展開の緊張感が見事である。よく練られた脚本のおかげなのか,それともヒッチコック監督の「救命艇」が優れていてそれを受け継いだおかげなのか,この作品だけしか見ていない僕にはわからない。

しかし,小さなビニールパックの描き方ひとつで,欠乏する飲料水を,船内の絶望感を,そして時にはテロリストの恐怖を演出してみせるのだからうまいよなあ。

主人公らしい主人公のいないこのドラマで,語り手をつとめる三流ジャーナリスト(ゴシップ屋)の女性の視点と,彼女が向けるカメラの前で徐々に明らかになっていく人々の背景。なるほどそういうやり方で人物を描くのかと思っていると,この手法自体が後の伏線になっているという仕掛けがまたうまい。いや〜あんたやるねえという気分である。

この心意気を支持せよ

この設定でSFとなるとこれこれこういう要素が考えられるだろう,こういう展開があり得るだろうという,そんな作り手たちの思案と,オーソドックスなSFを愛してきた人間のちょっとしたこだわりがここにはある。その「ちょっとした」というところが隠し味になっていて心地よい。ハード過ぎるとなかなかこうはいかないのだ。大切なのは考証の厳密さだけではない。

ただのテクニカルターム,クラシックなSFやミステリでおなじみの設定,いつか見た(読んだ)ような光景……厳密な考証には耐えられなくとも,それらがドラマを面白くする上で取捨選択がなされ,力を発揮していればそれでよい。そのさじ加減こそが演出の腕であり,同時に責任でもあるのだ。

たとえば,あの小さなライフポッドでちゃんと下向きの1Gの重力があるのはおかしいという根本的なツッコミはあるかもしれない。しかし予算を注ぎ込んで重力の状態をそれっぽく描いたからといってこのドラマの格が上がるかと言えば疑問だ。物語の中で必要とされるリアルというのは,その物語自体が要求する優先順位に従うものなのだ。

そしてこのドラマはその掟の中できちんと,見事に成立している。

これは確かな目と腕を持った作り手たちの,プロフェッショナルな仕事ぶりとSF好きの心意気が詰まったとてもうれしい1作である。驚いたことに,元々は劇場用映画ではなくテレビ用に制作された作品らしい。シーンの切り替えがテレビ的だなあとは感じていたが,なんとまあぜいたくなテレビドラマであることか。

むろん,だからといってこの作品の値打ちはいささかも減ずるものではない。じっくり考え抜かれたドラマの充実感を,未見の方には是非おすすめしたいところだ。