なにかの趣味にハマっているとだんだんその分野に対する嗅覚みたいなものが鋭くなってくる。LDやDVDの収集でも同様で,その勘を頼りに見ず知らずの作品を買って「当たり」だったときは実にうれしいものだ。
僕自身,毎月のリリース予告のほんの数行のコメントだけで購入を決断したことは少なくない。短い紹介文の行間に潜む傑作の匂いをかぎ分け,実際に「当たり」を引いたときの喜びは何ともいえず快感である。
自分で言うのもなんだが打率はけっこう高かったと思う。たまにハズレをつかまされることもあったがそんなときは自分の未熟さを罵倒するわけだ。どうも懐具合に余裕のあるときはハズレを引きやすいようで,こんなところでもハングリー精神は大切みたいである。
さてそんなバクチみたいな選択の中でいまだに最大級の大当たりだと思っているのが「まぼろしの市街戦」である。
第一次大戦下の小さな村,撤退するドイツ軍が爆弾を仕掛けて逃げたらしいと知ったイギリス軍は伝書鳩係の主人公に偵察と爆弾除去を命じる。当の村では爆弾の噂に全住人が逃げ出し,取り残された精神病院の入院患者たちが村の住人として彼らの夢想の世界に生きている。彼らにハートのキング……王様として迎えられた主人公のドタバタぶりと戦争のむなしさ,ばかばかしさが実に奇妙で風変わりな喜劇として描かれてゆく……。
いやあ自分の知らない名作傑作はいくらでもあるなあと素直に思ったものだ。
なにしろ未見であるばかりでなく,タイトルさえ聞いたことのない作品だった。マニアックな先輩方には笑われそうだが,これが文字どおり幻の名作として語り継がれていた作品だということは後になって知ったことだ。LDのリリースは90年ころだったかな。今となってはよくぞこのとき買ったものだと自分の選択をほめてやりたいくらいである。
一見正常な人間に見える軍人たちと幻想の世界に生きる"村人たち"のいずれが真の狂気かという風刺と皮肉が強烈だ。むろんそのように演出されているのだろうが,両者の狭間で振り回される主人公の混乱と困惑ぶりがおかしくもあり,悲しくもある。
この映画を見ていると狂人であるはずの"村人たち"の純粋で無垢な魂に胸が痛む。正気といい狂気というが,その境はこの作品ではひどく逆説的で,実は彼らこそが誰よりもまともではないかと思えてくるのである。
陽気で暖かくひたむきで優しい。そしてどんちゃん騒ぎに浮かれながら,本当はすべてがわかっているのではないかとハッとさせられる彼らの不思議な深さが印象的だ。この村はほんのひととき彼らに下しおかれたユートピアなのである。
その証拠に,この村に入り込んだ両軍の兵隊たちは勝手に殺し合って全滅し,"村人たち"に「冗談が過ぎる」と言われる始末だが,"村人たち"には一人のケガ人も出ない。ここでは戦争の狂気に取り憑かれた人々こそ勝手に現れ勝手に消えていった幻の存在に過ぎないからだ。皮肉がきつい。
だが彼ら"村人たち"にとってこの村だけが彼らの世界であることも事実である。主人公は爆弾の爆発から彼らを救うため"王様"として彼らを引き連れ村を出ようとする。しかし村の出口に至ると陽気だった彼らの顔は不安に曇り,村の中へ舞い戻る。ここから出られないことを知っているのだ。このときなおも先へ行こうとする主人公に対し,村はずれの"境界"に並んで「王様,帰ってきて」と叫ぶ彼らの姿が切なくて忘れられない。
全体にかわいた哀しみのようなものが吹きわたっている映画で,けっこう複雑な心境にもなるのだが,ラストでの主人公の選択が不思議と心地よい。ネタバレできないのでそこは実際に見てもらうしかないが,なんだか救われた気分になったものだ。
監督はフィリップ・ド・ブロカ,66年作のフランス映画ということになっているが,僕の持っているLDは英語版である。調べてみるとフランス語版やイタリア語版もあるらしい。仏英共作とか67年の作品とする資料もあるそうだ。経緯からしてやはり仏語版がオリジナルではないかと思うのだが,その点については最初見たときからけっこう気になっていた。
主人公の恋人?役のジュヌヴィエーヴ・ビジョルドの役名はジャケットや解説ではすべてコクリコと書いてあるのに本編ではコロンバインとなっている。発音やクレジットもそう。たぶん前者が仏語版で後者がこの英語版なのだろう。
彼女は村の中では娼家にいる娼婦(の幻想に生きている娘)のひとりということになっている。彼女たちはそれぞれ花の名前で呼ばれているのでコクリコでありコロンバインであるのだが,僕としてはCoquelicotの方がColumbineより響きも文語的で好きなので仏語版を見てみたいなあと思っている。コクリコと主人公のラブシーンがまたいいのだね〜。
彼女には綱渡りの曲芸ができる。この村にはサーカスがあったことからひょっとするとその一員だったのだろうか,なぜ心を病むことになったのだろうかなどといろいろ妄想しつつもそのけなげさ,純粋さがとても美しいと感じる。
ラストシーンのその後で,主人公は彼女の美しい瞳に再会できたのだろうか。