「ガス人間第一号」に怪人の悲哀を見る

悪魔か,宇宙の落とし子か

かつて東宝には怪獣映画とは違った特撮映画の路線があった。お子さま向けではない,一般の観客を対象に作られた謎と怪奇とサスペンスの作品群だ。僕はリアルタイムでは見ていなかったのだが,後年テレビやビデオで見てたいへん気に入った。面白いのである。

昔の映画だから今見ればオールドファッションそのものなんだけど,邦画が元気いっぱいだったころの香りというか,楽しませてやるぞという雰囲気に満ちている。もちろん本多猪四郎や円谷英二といった偉大な先達が関わっているのだから面白くて当然なのだが。

その東宝特撮路線の中で僕が特に気に入っているのが「ガス人間第一号」である。

最近金子修介監督の「クロスファイア」を見て(今は2000年6月)ふと思い出したのがこの「ガス人間第一号」だ。CGの炎も美しい最新作と40年も前の旧作にはよく似たテイストがあって,怪物的な力を持った人間の悲哀が痛ましい。うまく言えないが,純和風の趣があって,もし60年代に円谷英二が「クロスファイア」を作ったとしたらどんなタッチのどんな映画になったか,何となく想像できるような気がするのだ。

「悪魔か 宇宙の落し子か 完全犯罪に賭けるガスマン!」というのは当時のポスターのキャッチフレーズだが,吹き出してはいけない。ここには荒唐無稽な娯楽作品でも全力で仕事をしていた映画人たちの熱気が詰まっているのだ。そしてなにより……悲しいお話なのだから。

名花の舞に涙せよ

人体実験で自分の肉体を自由にガス状に変異できるようになった男が,思いを寄せる日本舞踊の家元のために次々と犯罪を重ねる。社会はこの見えない挑戦に騒然となるが,やがて警察は総力を挙げてガス人間との対決に臨む……というのがあらすじ。

今見れば特撮部分は確かに時代を感じさせるだろう。しかし気にはならない。なぜなら構図にしろカット割りにしろ,あるいはスピーディーな展開や役者たちの演技など,映画としての作りは何ら現代に劣るものではないからだ。

特に,空想科学映画にも真剣に取り組んでいる演技陣がいい。おおっと思う顔ぶれで手堅いし,安心してドラマに集中できる。なかでも出色は美貌の家元を演じる八千草薫だ。

初めて見る方はあの人もこんな映画に出ていたんだなあと驚くかもしれない。なにしろ若い。当然たいへん美しい。その八千草薫扮する藤千代という日舞の家元,落ち目になっても芸に生き芸に殉ずる妖しさ,そしてすべての悲運を踊ることで堪え忍ぼうとする姿が印象的だ。ゆえにクライマックスの展開がまことにドラマチックで心に残る。

舞台で無心に舞う藤千代,無人の客席の中央にただひとり彼女を見つめる男(ガス人間),劇場の外ではガス人間殲滅作戦を展開する警察,やがて彼女が舞い終えたときドラマは……。結末はぜひご自分の目で見届けていただきたい。僕は初めてテレビで見たとき以来,このラストシーンが忘れられない。

先人たちの意気込みに感動

この映画,大がかりな特撮シーンはほとんどないのだが,カット割りや構図がうまくて「お,こんな画面が!」と小さくうなずいてしまうシーンがあちこちにある。やはり御大たちの仕事ぶりはいいねえ。

以前「ターミネーター2」を見たときには,そのCGの威力に感動したものだ。中でも僕がおっと思ったのは敵の新型ターミネーターが鉄格子をすいっとすり抜けてしまうシーンだった。うおーやるやる!あの作品は映画におけるCG技術のブレイクスルーだったかもしれない。しかしこの鉄格子すり抜け,すでにこの「ガス人間第一号」でもやっているのである。

なかば霧状と化したガス人間は衣服をまとったまま警察の鉄格子を通り抜けてみせるのである。そりゃ現代のCG技術の鮮やかさとは比べることはできないが,こういうカットを見せようという作り手たちの工夫,センスがうれしいではないか。

刑事や新聞記者たちが働いているシーンが一般映画と変わらないタッチなので,こういった特撮シーンが絡んでも映画が安っぽくならない。ガス人間なんてきわものめいた仕掛けなのに,見終わった後はちゃんと「映画を1本見た」という気分になるのは作り手の情熱と意気込みのおかげだ。

音にも香る昭和30年代

ところで,藤千代に付き従い,ついには殉ずるじいやの役をやっている左卜全の演技がまたとってもいい。この年(1960年)ですでにこんなにじいさんだったっけ?と思ってしまったが,何も言わずにお嬢様と運命をともにするこの老人を見ていると思わず合掌である。

僕は日舞などにはまったく無知だから,クライマックスで藤千代が踊る「情鬼」という演目のバックに流れる曲など全然わからない。既成の曲なのかオリジナルなのかも知らない。しかし踊る藤千代の傍ら,この老人がひとり鼓を打っている姿のなんとそれらしいことか。従容として運命を受け入れる風情さえ漂っている。ええ役者さんである。

それからこの映画の音楽を聞いて「おや」と思う人もいるかもしれない。聞き覚えがあるのも道理,一部は後に「ウルトラQ」で使われた音楽なのだ。物語自体が同傾向なのだから,テレビ版に先んじて生まれた「ウルトラQ劇場版」といってもいいかもしれない。音楽が作品に与えるカラーは大きいってことをあらためて感じさせてくれる。

以前出たLDはちょっとセリフが聞き取りづらいが,なんせ東宝だからDVDのリリースは当分期待できない。チープで古くさいなどと思うなかれ,中古セールで見つけたら迷わず買っておこう。車やファッションはいかにも昭和中期の気分そのものだが,これはこれで時代の空気が鮮やかで僕は好きだ。

昭和30年代にこんな事件が起きれば世の中は確かにこんな風に反応するだろうな,という雰囲気が画面にきちんと封じ込められている。

立派じゃないか。