「デーヴ」の心地よさにひたる

大統領は忙しい

ハリウッドにあって邦画にないテーマのひとつに「大統領もの」というのがある……と思う。我が国が大統領制でない以上当然といえば当然だが,あちらでは大統領といえば一種のスーパーマン,情けないどこぞの首相と違ってキャラクターとしての「立ち具合」が段違いだ。繰り返し映画に登場するのも当然かもしれない。

大統領もの(と勝手に言ってしまうが)にはいくつも印象的な作品がある。誰でもひとつやふたつはすぐにあげられるだろう。陰謀もの,アクションもの,SFだってけっこうある。大統領というキャラクターは実に人気があるねえ。

そしてまたハートウォーミングな作品というのもある。93年の作品「デーヴ」をご覧になったかな?

ハートウォーミングって?

心暖まる,に代わってハートウォーミングなる表現が使われるようになったのはいつ頃だったろう。僕自身は高橋留美子の「めぞん一刻」連載中に初めてお目にかかったような気がする。まあ言ってることは同じなんだけど今では常套句だ。なんでもカタカナにせずともよかろうにと思わないでもない。

で「デーブ」に話を戻すと,実はこの作品,ビデオが初見だった。公開時には全然チェックしてなくて某BBSで「よかったよ〜」という書込みを見たのがきっかけだ。いやホントにこれは気持ちのいい作品だった。大予算の作品ではないと思うのだが,ちょっと得したような暖かい気持ちになれる佳作である。

人が映画を見る動機はいろいろあるだろうが,気持ちよいものを見たいというのも確かにアリだと思う。うるさ型の映画ファンには後ろ向きだとか閉鎖的だとか逃避的だとかいろいろ言われそうな気もするが,ひとときの娯楽なのだ,見終わって気分良く現実に戻れるならそれもまたよし,である。

本物を超えるとき

主人公は図らずも大統領の影武者を務めるハメになり,側近たちの指示どおりに代役を演じていく。しかし,彼の誠実さや正義感は次第に周囲を変え,おのれを変え,いつしか代役以上の存在となっていく……。

代役であることを越え,真の大統領としての誇りと責任感を示そうとする主人公。代役と知っている周囲の者たちが彼の真摯さに魅かれ,本物に勝る忠誠を捧げる。その気分が気持ちよく伝わってくるのである。

その過程は見ていて楽しいが,やはりクライマックスからラストに至る部分の心地よさは格別だ。ハリウッドのシナリオや演出は日本人にはいささかあざとい気がすることも多いのだが,この作品ではそのあたりをバランスよく切り抜けていると思う。

アメリカの良心はここに

大統領夫人役のシガニー・ウィーバーがまた実にいい。いろんな役を印象的に演じられるというのは女優として当然要求される才能だろう。しかし彼女にこの役を振ったキャスティングは本当にうまいと思う。夫との冷たい関係やファーストレディという地位に否応なくまとわりついてくる様々な虚飾,それでも人々のために尽くしたいという理想を抱き続ける苦悩。そんな女性の姿に徐々に感情移入してしまう。うまいよ彼女。

ラスト,再び名もない一市民に戻った主人公は新たな理想のために小さな選挙に挑戦する。その彼の元にやってくる人たちというのが……いやもう快感だ。うんうんそうだよね〜と口元がゆるんでしまう。予定調和的ラストシーンというのは下手すると観客に媚びてしまうだけなのだが,ツボにはまると何とも言えぬ快感がある。批評家がなんと言おうと僕はこの結末を支持するぞ。

アメリカ映画は物量だけが取り柄ではないということを教えてくれる逸品。夢の工場とはよく言ったものだ。大事にしたい作品である。