「紅の豚」に冷淡な友人など捨てさるべし!

この一線だけは譲れんぞ

映画の見方も好みも十人十色。それはわかっていても時として自分とはあまりにもかけ離れた感想を聞かされて愕然とすることがある。「ななな,なんでこのすばらしさがわかってもらえないのだ〜」と憤激するのもそんなときだ。

なにしろ人間は勝手な生き物であって「好みの問題,人それぞれさ」なんて口では言っていても自分の感性には心密かに傲慢なまでの自信を持っているのである。よって自分の好きな映画をけなすやつは許せないのであって心の中で黒い手帳に「こいつはダメ」と書き込んでいたりする。しかしそこまでわかっていてなお,あえて僕は言いたいのだ。

「紅の豚」を評価できない者はこの星から去れ!

僕はかつてこの作品を不当に貶める発言をした知人とつき合いを絶った。そのくらいこの作品は僕にとって琴線に触れる愛すべき作品なのである。おのれの愛する作品をともに愛することのできない友人などつき合うだけ時間の無駄,いや人生の無駄だ。

そこまで傲慢になってもかまわない。好きな映画一本の価値はどうでもいい友人一人に優るのだ。

苦くて粋で

このいささか苦いロマンに満ちた誇り高き豚の戦いは,へろへろにすり減ってもしぶとく生きている大人のための一編の夢物語だ。だらしなく日々を過ごしているようで実は懸命なやせ我慢で自分の誇りをつなぎ止めているけなげな男たちに許された一場の夢なのである。

主人公ポルコ・ロッソをはじめ,敵対する空賊たちや好敵手カーチス,ピッコロ社のじいさんにいたるまで実に子供っぽく無邪気にも見えるどつきあいを演じている。女たちに言わせればそれこそガキの証拠ってことになるんだろうけど,むろん彼らは死ぬまでその生き方を貫こうと意地を張るのである。

それが「しんどくてもへらへら冗談かましてるのがオレたちの美意識ってもんさ」という大人の余裕の(いささか屈折した)現れであることは間違いない。オールドファッションではあるが,そもそもこれはそんな時代のお話なのだ。こちらもそういうモードに切り替えて古き良き時代の豚たちの冒険を楽しむのが筋である。

やせ我慢の系譜を愛する

楽しいだろう?楽しいけど描かれている世界にはやがて忍び寄る暗い時代の影がさしている。その暗雲を意地とやせ我慢だけで突破していこうとする彼らの苦難の道は想像するしかないが,それでもなおふてぶてしく年老いていくであろう彼らの強さが切ない。

エピローグ,すでに暗い時代を通り抜けたとおぼしきいつかの時代の美しい空。その中を切り裂いていく紅い翼がカッコイイ。情けなくて不器用でガキっぽくて意地っ張りでさんざん痛い目にあってきた男たちの,それでも意地を張り通して生き抜いた強さに捧げられた勲章があの風切る紅い翼なのだろう。

「紅の豚」が公開されてもう何年もたつが,宮崎アニメについて語る人たちの中でもこの作品に対する評価が芳しくないのが不思議である。いったい彼らはなにをもって映画の楽しさを語るのだろうか。だが正直そんな連中のことはどうでもいい。

僕にとって大切なのは,僕と同じようにこの作品を愛すべき佳品として心にとどめている人たちだ。まだ逢ったことはないけど僕とそんなあなたはすでに友達だ。