「大いなる西部」の大いなる映画魂

ドラマはアクションよりも強し?

最近はあまり作られないけど,西部劇はかつてハリウッド映画の一大ジャンルだったし,僕も子供のころからたくさん見てきた。主にテレビの洋画劇場のおかげだが,ラブストーリーや文芸大作なんかより喜んで見ていたのは確かだ。男の子の好みとしてはまあ自然な傾向だったろう。

西部劇といってもいろんな作品があるのだが,ガンファイトとアクションの豪快なエンタテインメントというのが大方の支持する作風だったと思う。むろん男の子の端くれとして僕の好みも同様で,今となってはのどかな時代だったなあと思うばかりだ。

にもかかわらず,娯楽作としての西部劇の大半は今ではほとんど忘却の彼方である。マカロニ・ウェスタンも含めてずいぶん楽しませてもらったはずだがろくに記憶にない。いろいろ見たはずだがなあ。

じゃあどの作品がいちばん印象に残っているかというと,これが地味なドラマ重視の「大いなる西部」なのである。うーん,渋いぞこれは。

長尺なので二週に分けて放送されたのだが,二週目もちゃんと待ちかまえて見た記憶があるから,この物語によほど引き込まれるものがあったのだろう。背伸びしたガキだった覚えはないのだが,他の痛快なガンファイト映画を押しのけて記憶に留まったのはこの作品だった。

巨匠はやはり巨匠だ

グレゴリー・ペック扮する主人公は洗練された東部の人間として登場する。婚約者の住む西部の地へとやって来た彼を待っていたのは蛮風に支配された荒々しい土地柄だ。水源地の利権をめぐって争う二つのファミリーのはざまで試される彼の勇気と理想……。

この地味だが骨太なドラマにはずいぶんいろいろな葛藤や魂のぶつかり合う様が充満している。今それらがくっきりと見えるのは歳をとった功徳かもしれない。

確かに西部劇らしいアクションや楽しさも十分にあるのだが,ここでは愚かで野蛮な精神,それに対する人間の理性,未熟な女と賢い女に投影された女性観,時代に取り残されるものと先へ行こうとするもの,暴力では何も解決できないというメッセージ,といった様々な価値観がそれぞれのキャラクターに託して描かれる。それが生き生きとして鮮やかであったからこそ子供心にも引きつけられるものがあったのだろう。

ウィリアム・ワイラー監督はさすがにスケール感があって明瞭な演出だ。グレードが高いというか志が高いのか。しかし製作がウィリアム・ワイラー&グレゴリー・ペックのご両人だというのは今回初めて知ったことで,このふたり,特にペックにとっては強い思い入れのある企画だったのかもしれない。

どうりでカッコよく,かつ気持ちよさそうにやってるわけだ。見てるとホントにいい男だなあとつくづく思う。優男ではない,でも二枚目で知性があって懐が深く優しさの内に強さを秘めている……そんな白人男性の理想像みたいなイメージを嫌みにならずに感じさせる点では歴代屈指の男優さんではなかろうか。

背景こそが主役なり

それにしてもあらためて見直すと西部劇というのは独特の風景を持っている。特にこの作品は印象的だ。原題はTHE BIG COUNTRYなのだが,まさしく広大で過酷な西部の地とそこにへばりついて生きている人間たちの矮小さを思い知らせてくれる。背景に過ぎない西部の土地が,実は人間たちの営みを抱え込み支配している大きな存在であるということをくっきりと描き出す監督の手腕が見事だ。

たとえば,クライマックスの舞台となる白い谷には死や骨のイメージを呼び起こすものがあり,両ファミリーの抗争に虚しい決着をつけるに相応しい地として選ばれる。愚行に幕を引くために人々はここに招かれるのだ。風景が呪力を持っているのである。

また,主人公と牧童頭のスティーブが延々と夜更けの殴り合いを続けるシーンでは,カメラは広大な土地と空だけの背景に向けられている。その中で豆粒ほどのふたりが取っ組み合っているというこの絵にもまた,大西部と人間の営みの対比が描き出されていると思うのだ。

この映画にはこういった場面があちこちに登場する。

どのシーンも島国にはあり得ないスケールとカラーの風景であり,常にそれをバックグラウンドとしてきた西部劇がなぜああも独特のジャンル性を持っていたかがよくわかる。これこそウエスタンの血というものではないだろうか。

思い出を修正する

久しぶりにじっくりと全編を見ると,子供のころの印象が正しかったことがわかってうれしかったりもするのだが,ありゃりゃ?という思い違いをしている部分も発見した。

水源地の権利者でありこの映画のヒロインでもあるジュリー役はジーン・シモンズなのだが,僕はどうしたことかずっとこの役はエヴァ・マリー・セイントだと思い込んでいたのだ。どこで勘違いしたんだろう。他の映画の記憶とごっちゃになってたのかもしれんなあ。

あれ,こんなひっつめのお姉さんだったっけ,とも思ったが,ちょびっとA・ヘプバーン似のジーン・シモンズも悪くない。

日曜洋画劇場の吹き替えは僕のいちばん好きな声優さんである武藤礼子さんだったと思う(だから二週続けて見ていたのかもしれない)のだが,今のDVDにそれを望むのは無理なのだろうか。オリジナル音声ももちろんいいんだけど,かつてのように城達也&武藤礼子で見たかったという思いも捨てがたい。昔の吹き替えの音源は実に貴重な財産なのだから活かす手を考えてほしいものだ。

そういえばこの作品,音楽の方もたいへん有名である。この映画を見たことがない人でも「ああ,この曲なら知ってる〜」という名曲である。西部劇はスクリーン・ミュージックの宝庫でもあるのだ。久しぶりに聞いたなあ。

雄大な,しかし過酷な西部の風景と人間ドラマを堪能できる名作,僕にとっては西部劇とテレビの洋画劇場の原風景のひとつでもある。手元に置けることがなによりうれしい。