ゾーンのトンネル

■ストーカー■

先日,とあるハリウッド製SF映画を見てきた。にぎやかで大衆的でSFXも実に見事だった。見事だったんだけど,これはこれでたいしたもんだと思いつつ,すぐに忘れちゃいそうな映画だなあとも感じてしまった。まあハリウッド映画にはお祭りの夜みたいなところがあるからこれでいいのかもしれない。

そこでふと思い出したのがタルコフスキー監督の「ストーカー」である。

タルコフスキーといえば実に忘れがたい映画を撮る監督さんだ。ハリウッド的な娯楽性とは対極にある世界なのだが,何年たってもいくつかのシーンが心から離れない。観客の心象風景に様々なイメージを残してくれるのだ。それも末永く。

ストーカーという言葉は映画の中では密猟者という意味で使われている。このニュアンスは映画を見た方なら納得できるだろう。僕などはこの映画で初めて接した言葉だが,ご承知のとおり最近は違う意味で使われる。大事にしている言葉に手垢が付くのは悲しいものだ。

主人公たちは夢をかなえるために不可思議な立入禁止区域「ゾーン」に足を踏み入れる。ゾーンの正体については不明だが,その中心まで行って無事生還できれば願いがかなうと言われている……。

ハリウッドならバリバリのSFXで描かれるであろう不思議空間も,この映画ではただの淋しい草原や荒れ果てた建物が点在しているだけに過ぎない。しかし暗示的な映像と俳優たちの切迫した演技が想像力を刺激してそれ以上のイメージを呼び起こす。

このゾーンの中を目的地目指して進んでいく過程が実に印象的だ。

ちょうど夢の中で見知らぬ(いや知っているという感覚も微妙に混じり込んでいる)土地や建物の中を延々と歩いていくあの感じにそっくりだ。既視感や懐かしさなどは全然ないのだが,それでいてこの風景にはなじみがあるという錯覚を覚えさせてくれる。映像の力がすばらしい。

そのゾーンめぐり?の中で僕が最も刺激されたのが「肉挽き機」と呼ばれるトンネルのシーンである。ゾーンの中でも危険度ナンバーワンというこのトンネル,何がどう危険なのかはよくわからないのだが,非常に緊張感漂うシーンである。

一見大きなパイプの中を歩いている感じだが,ここでは無人の世界をひとりさまよっているような夢の感覚が濃厚だ。あまり夢を見ない人にはピンとこないかも知れないが,トンネルというのは夢の重要なモチーフなのだ。僕はけっこう夢を見る方なので,このシーンには共鳴するものが多く忘れがたい。

LDではサイド2の37分44秒あたりからの数分。似たような景色を夢で経験したことのある人にとっては無意識に息を詰めてしまいそうなビジュアルである。

結局,最後まで見てもどう解釈していいのかよくわからない部分の多い映画だが,にもかかわらず心のあちらこちらに様々な絵を残してくれる不思議な作品だ。ゾーンの外にもまた不可解なドラマが隠されているのだが,それはご自分の目で見届けていただきたい。

ストーカー IVCL-10076
発売元(株)アイ・ヴィー・シー