空中レガッタ

■盗まれた飛行船■

チェコの代表的なアニメーション作家カレル・ゼーマン。彼の作品は表現手段がものすごく多様で,その意味ではアニメーションの冠は必ずしも必要ではないと思うけど,とにかくそのファンタスティックな絵柄は一度見たら忘れられない印象を残す。

個人的にもボックスセットで全作買い占めたいところだけど,今のところ経済力が追いつかない。ああ,ちょっと悔しいぞ。

「盗まれた飛行船」はそのゼーマンの代表作のひとつで彼の摩訶不思議な世界が堪能できる一作だ。パッケージに「科学と幻想の魔術師」とキャッチがあるけどまさにそんな感じ。先にも書いたようにゼーマンの使う素材は多種多様だが,この映画などは彼の絵柄の代表的なものではないかと思う。

実写とアニメーションの合成という作品はいくらでもあるけど,これを見ればゼーマンの絵柄の独創性は一目瞭然だろう。色使い,デザイン,不思議なリアリティ,そしてなによりイメージの美しさ。CGが登場するはるか以前の作品でありながらCGにはない深い幻想性を醸し出しているこの映像のすばらしさと言ったら!

物語はプラハの博覧会場から新型飛行船に乗って旅に出た子供たちのファンタスティックな冒険と,彼らをめぐる大人たちのドタバタを楽しく描いたもの。とにかくその夢のように不可思議なイメージだけで堪能できる。アニメーション?特撮?いや,トリック映画という形容がぴったりかもしれない。

作中には気球や飛行船が多数登場するけどそれらのデザインは宮崎駿のルーツのひとつではと感じる人も少なくないはずだ。素朴な合成(意図的なものだろうね)もあればあの時代(66年作)にどうやって撮影したんだろうなあというカットもあるが,独特なのが色使いで,それがいっそう不思議感をつのらせる。

とりあえずワンシーンを挙げてみる。飛行船で逃亡する子供たちを軍の飛行船で追いかける兵たちのシーン。この軍の飛行船にはエンジンがないので兵たちは自ら「オールを漕いで」進むのである。オールには空気をかくための小さな羽がついていてちょうどボート競技のカヌーのように何人かが一列になって漕ぐわけだ。いいねえ,こういう世界観。DVDではチャプター3のだいたい26分4秒あたり。

映画のことを昔は活動写真と言ったけど,この映画の映像は本当に写真が動いているようなタッチだ。さらに言えば,昔モノクロ写真に手で色を付けた手彩色写真というものがあって日本のものは特に優れていた。その手彩色写真を動かしているような映像と言ったらいいかもしれない。

余談だが,先鋭的な映像で支持されている押井守監督の作り方が意外にも似ている。実写はよけいなものが映り過ぎるので徹底的に加工の上,最終的には素材としてアニメーションのように扱うというアプローチだ。それを電脳時代の技術でやったのが押井守,ビデオ以前の古典的技術でやったのがゼーマンと言ったら言い過ぎだろうか。

そのあたり,どちらも見ている方にご意見をうかがってみたいものだ。いずれにしろ,とてもファンタスティックな世界なので未見の方にはぜひ一度とおすすめしておこう。

カレル・ゼーマン作品集 PIBA-3039
発売元(株)パイオニアLDC