もたせシステム

■柳川堀割物語■

水郷として名高い柳川という町は(市だけど)福岡の一地方都市でありながら,映画や文学でもたびたび取り上げられるところである。ちょうど尾道みたいな位置づけだろうか。でも訪れたことのない人にはただ細い水路があちこちにある,という程度のイメージしか浮かばないかもしれない。実は仕事で何度か行ったことのある僕も同様だった。ビジネスで町中の大通りだけ歩いてもこの町の本当の姿は見えてこないからだ。

そこで,だ。宮崎駿/製作,高畑勲/監督という両巨頭によるドキュメンタリー「柳川堀割物語」を見てみよう。"水郷の町"のイメージが10倍は鮮やかになること請け合いだ。目からウロコが何枚もこぼれ落ちること必定である。

後の宮崎・高畑両氏の仕事を思えば,これはいかにも彼らの好みそうな題材ではある。だが,それを抜きにしても長年水路と共に生きてきた土地と人間の歴史や文化というものが無理なく浮かび上がる,そういう静かな魅力に満ちたフィルムなのだ。

水郷はいかに生まれ,いかに発展し,いかに滅びかけ,そしていかに復活したか。その全体像を淡々と描いた167分の長尺ドキュメンタリーが本作である。見終わると数回分のミニシリーズを一挙に通して見たような見応えがある。

他の人が作ったら「プロジェクトX」風の派手な感動演出になるかもしれないが,画調が全体的に昔風なので,NHKのかつてのドキュメンタリー番組みたいな雰囲気である。「新日本紀行」とかのね。まだ製作から20年は経っていないのだが,人々の,特に子供たちの顔が今とはずいぶん違うのが印象的だった。

茶髪の人間がひとりも登場しないせいかもしれない。日本人って黒髪だったんだ,と当たり前のようなことに気がつく。20年どころか40年くらい前のフィルムじゃないかという感じがするのにはそういう理由もきっとある。

それはともかく,おお,よくできてる〜と感心するのは水路網のきわめてシステマティックな構造を知ったときだ。

ただ細かい水路があって水が流れている,なんて単純なものじゃなかったんだね。治水,利水の実によく考えられた仕組みとそれを実現する構造。昔これを考案した人は偉かったんだなーと素直に感心してしまうぞ。

その一端がよくわかるのが"もたせ"のシステムである。これがどういうものかは実際にLDのディスク2,サイド3のチャプター1でご覧あれ。理屈の部分はアニメーションを使った説明でわかりやすい。

この映画は柳川の水路網の仕組みとその再生という部分ももちろん面白いのだが,お祭りなどの文化・風俗の部分も印象に残る。これは先にも述べた画調や作品の雰囲気のせいかもしれない。旧版LDが定価12,000円というのは今考えると暴利も甚だしい気がするが,近々(今は2003年夏)DVDも出るそうなので,その目で確かめることができるだろう。

柳川堀割物語 BELL-559
発売元(株)バンダイビジュアル