怪奇デジタル19世紀

■ヴィドック■

何ごとも中途半端はいけない。言い替えると「やるなら徹底的にやれ」というのが創作における成功への道(のひとつ)だと思う。それがアートの分野でもコミックや音楽やその他の分野でも同じだ。もちろん映画でもそう。

いきなり何をと言われそうだけど,映像にしろ演出にしろ何か新しいものに挑戦してみようという時にはおっかなびっくりでは効果半減,爆裂な勢いで突進するエネルギーが時には観客をうならせる。

ピトフ監督の「ヴィドック」を見た時にはその徹底した姿勢に「わははは」と笑いながらひとり自室で喝采したものだ。いやとにかくこの映画,その特異な映像的突進で有無を言わせぬパワーを実現している。ここまでやるなら話が多少あれれ?でも文句を言うまい。

この映画はデジタル24Pシネマ,要するにハイビジョンカメラによるデジタルシネマである。だからというわけなのか,その凝りに凝った映像的な冒険が実に楽しい。もう今までのオーソドックスな画面は一秒だって見せないぞってな感じだ。

なにしろ怪奇趣味全開のおどろおどろしい話なので映像の方も思いっきりケレン味たっぷり。これが効果抜群だったと言えるかこけおどしに終わったかは観客の判断に委ねるとしても,僕にはたいそう刺激的だった。もう満腹。はっきり言って目が疲れた。まともなアングルなどは一か所もないというくらいに人工的で,過剰な映像の作り込みがとっても濃密というか濃厚な世界だ。胸焼けしそう。

それでも絶対に自然光ではあり得ないライティングによる俯瞰の異様な美しさ,カラーというより極彩色と言った方がよさそうな色使い,そしてギトギトコテコテの造形デザインなど目の娯楽としての映像の出来は見事だと思うな。

19世紀のパリを舞台に連続殺人鬼を追う世界最初の私立探偵ヴィドックと事件を取り巻く奇怪な風景……青年誌で読むホラーコミックみたいな雰囲気もあるけど,なにしろ映像が映像だからね,極上のVFXコミックと思って楽しむのがベストではないかな。あるいは最新映像技術を駆使した21世紀版「怪奇大作戦」とでも言おうか。

実のところこの作品では不健康で毒々しい,それでいて刺激的な映画全編の風景そのものが名場面であって,どこかのワンシーンを取り上げるのは難しい。とりあえず第3の犠牲者のシーン,壮麗な屋敷(お城?)の塔の中でヴィドックと謎の錬金術師が相まみえる場面を挙げておこうか。DVDではチャプター7の冒頭の数分間というところ。

そもそもこのチャプター,画面が街の俯瞰に切り替わる時にカメラがわざわざ雲の中から降りてくるんだよ?このやり過ぎな演出が作り手たちのポリシーというか暴走ぶりをよく表しているんじゃないかな。僕はあっぱれと言ってあげたい。

あっさりした水彩画のような世界が好きな人にはとてもおすすめできないけど,油絵のこってりしたタッチがお好みな方にはおひとつどうぞという世界だ。

ヴィドック AEBF-10114
発売元(株)アスミック