砂漠のX

■バニシング・ポイント■

まだ映画の観客として未熟だった昔,その様々な楽しみを教えてくれたのは地上波テレビの洋画劇場だった。今はもうすっかり衰退してしまったけれども淀川さんや荻さんが健在だったあの当時の恩は忘れられない。だから自分の中にあるいろんな名作の原風景も四角いブラウン管のフレーム付きである。

それらの記憶はもうかなり古びて半ば渾然としているものもあるが,久しぶりに懐かしい作品を引っ張り出して見てみるといろいろなことを思い出したりあらためて記憶を書き換えたりで面白い。

そうした中に車の映画として鮮烈な印象を残している作品が2本あった。ひとつはスビルバーグ監督の出世作「激突!」で,もうひとつが今回取り上げた「バニシング・ポイント」だ。実は印象的と言いながらこの2本のイメージがごっちゃになっていた時期もあるのだが最近久々に「バニシング・ポイント」を見直してああ,そうそう確かにこうだったと納得できた。

社会に反逆し,規則に反逆し,スピードとドラッグに身をゆだねてハイウェイを疾走する男コワルスキー。追う白バイやパトカー,そしてヘリ。彼は何のために走るのか,その行く手に待つものは……という感じで全編に流れる音楽も激しいカーチェイスのリズムもいかにも当時の先鋭的な感覚に満ちている。

一本の道路だけが果てしなく続く荒野を疾走する白いチャレンジャー。それは狭い島国では決してお目にかかれない風景でなんとも鮮烈だ。CGのない時代の映画なので迫力満点のカーアクションも土煙の埃っぽさまで迫ってくる。僕は決してCG嫌いじゃないんだけど原始的で危険な香りみたいなものはCGじゃなかなか伝わってこない。体を張ったアクションには敬意を表したい気持ちになるのだ。

個人的に好きなシーン,おやっと思うシーン,引っかかるシーンなど様々にあるのだが,一目見て印象づけられたカットは砂漠に逃げ込んだ主人公が荒れ地を疾走するくだりの中にある。砂漠といっても砂の海ではなくブッシュが点々とする荒野なのだが,その広大な荒れ地にタイヤの跡が鮮やかなX字型に刻まれるシーンはほんの一瞬なのだが何かひどく暗示的,象徴的でインパクトを感じた。

DVDではチャプタ−13,時間にして50分32秒といったところか。これが71年の映画で「激突!」が72年。スピルバーグにこの映画のイメージがあったかどうかはわからないが,荒野を舞台にしたカーチェイスものの原点としてこの2本がほぼ同時期に誕生したということにちょっぴり因縁めいたものを感じる。

タイトルのバニシング・ポイント=消失点が意味するものはラストシーンまでじっくり見分した上であれこれ妄想していただきたい。

途中に登場する全裸でオートバイに乗ったお姉ちゃんもいかにもヒッピー時代の演出だなあと思うけど,今ならあんなカンカン照りの荒野でずっと裸のままじゃたちまち紫外線でえらいことになるよ,と妙な心配をしてしまいそうだ。

この女優さん,データベースにあたってみるとこの年(1971年)だけ3本の映画に出演し,後は現在までcostume supervisorとして作る側の仕事をしているらしい。衣装なし(全裸)の仕事から衣装監督に転身となると,この映画はこの女性にとってはひどく特異な人生のひとコマだったのかもしれない。

バニシング・ポイント FXBS-1028
発売元(株)20世紀 フォックス ホーム エンタテイメント ジャパン