いきなり生CM

■トゥルーマン・ショー■

トゥルーマンはなぜ人々を呪わないのだろう?

「トゥルーマン・ショー」を見たときの最初の感想である。もし世界中がグルになって自分の人生をオモチャにしているとわかったら,人は絶望で破滅するか憎悪で狂うかどちらかだろうと思う。悲しげな笑顔とともに外の世界へ踏み出した彼は泣きたくなるくらい優しいのか,それとも強い人間なのか。

ビターでやるせない,でもとびきりブラックなジョークに満ちた異色作。けれど何度も見るのはちょっと辛い。昔の日本SFではこんな話がよく書かれていたものだが,実際に映画になってみると予想以上に主人公に感情移入してどうしようもない気分になってしまう。作中,テレビの前でトゥルーマンのラストの選択に拍手喝采している連中も,本来ならみな天罰が下って滅びるべきなのだ。

あの傲慢なプロデューサーが破滅しないのは許せない!と思った方も少なくないのでは?トゥルーマンはなぜ彼を,人々を呪わないのだろう。

これは主人公が「世界」から脱出しようとする物語だが,彼が閉じこめられた平和で穏やかな世界の異常さ,不気味さがこわいほどよく現れているのがココアの生CMの場面だ。これはものすごく気持ち悪い。

主人公が事の真相にかかわるくらいシリアスな話をしている最中に,彼の妻はいきなり誰にともなくココアのCMを始めるというあのシーンである。これは主人公ならずともくらっとくるだろうな。どんなときでもスポンサーの意向は最優先,時間がくればどこかのカメラに向かってCMをやらなきゃいけない。現代のテレビに関わる人々には寒気がするほどのこわいジョークだろう。

LDではサイド1チャプター14の54分28秒あたり。妻役役(間違いではない)のひきつった商売用笑顔がなんともざわざわした感じですごい。

街に閉じこめられて出られないという話はいろいろあるが,不条理劇やホラーな作品だと登場人物の運命に対して割と高みの見物的に見ていられる。しかしこの映画ではジム・キャリーの悲しい笑顔が絶品で感情移入せずにはいられない。うあおおうううと意味不明の叫びが心の中で膨れ上がりそうな話であった。

懊悩なんて言葉を久しぶりに思い出してしまった。

トゥルーマン・ショー PILF-2730
発売元(株)パイオニアLDC