針金の部屋

■サスペリア■

針金の部屋と聞いただけで「サスペリア」を思い浮かべる人は少なくないと思う。もちろんこちらもそのつもりである。1977年作のこの映画,普通ならB級ホラーの1本にしか見えないはずなのに実に信奉者が多い。映画好きな先輩方に話を聞いてもなぜかこの映画に関しては一家言あるという方ばかりである。

なぜ「サスペリア」に肩入れする人が多いのだろう?と思う方はとりあえずDVDでもう一度見分されることをすすめる。

そうすると何となく得心するものがあるはずだ。この映画には理性的な論評や分析とは違う部分で妙にいびつなインパクトがあって,その色使いとかゴブリンの音楽とか全編の"病んだ"感じが忘れられないのである。21世紀の映画とは違ってつくりもプリミティブではあるけど,後で悪い夢を見そうな悪寒はたっぷり,という代物である。

僕にとってはそれほど思い入れのある作品ではなかったはずなのだが,いや待てよ,と思い出したことがある。かつて主演のジェシカ・ハーパーの新聞記事の切り抜きなんてものを大事にスクラップしていた記憶があるのだ。すると自分も昔この映画を見た時からいろいろ引きずっていたのだろうか。

今あらためて見直すと,デザインというか美術というか映画全体の色彩と造形がとても印象的だったのだなと実感できる。舞台となるバレエスクールの原色と幾何学的な意匠,強烈な赤と青の照明,神経を妙に逆撫でするような騒々しい音響……そういった刺激がある。ダリオ・アルジェント監督の美学,みたいなコメントをする人もいるけど,僕にはザラッとした気持ち悪さに感じられる。

それはともかく「サスペリア」と言ったらやはり犠牲者たちの悲惨な死に様だろう。

中でもヒロインの友人サラが「針金の部屋」に落ち込むシーンはこの映画の最も有名な場面ではないだろうか。ディテイルを忘れてしまった人もこの部分だけは覚えているはず。これがなきゃ「サスペリア」じゃないよねー。DVDではチャプター19の67分33秒あたり。

今の撮影技術ならあそこで哀れな犠牲者の血肉がもっとぶつ切りに飛び散って,さぞえげつないシーンになるだろう。でもリアルに見せすぎないこともまた美学ってもんなのだ。一流と二流の差はそこで踏み止まる意志の強さの差でもある,と僕は思っている。

脚本や構成はずいぶん荒っぽいし,構図も人物の動きがわかりづらかったりするので,もしかすると撮影時のイマジナリーライン(通常,カメラが踏み越えてはいけない人物の位置関係)なんかあまり尊重してないのかもしれない。けれど,いやーな感じがこれだけ色濃くあらわれているそのこと自体がこの映画のすごさなのかもしれない。

サスペリア CPVD-1112
発売元(株)カルチュア・パブリッシャーズ/ビームエンタテインメント