クラーク・ケントの旅立ち

■スーパーマン■

「スーパーマン」はたぶん間違いなく20世紀アメリカ文化を象徴するキャラクターのひとりだと思う。あのハデハデなコスチューム,がしっと強そうな顎とたくましい身体,世界平和=アメリカの平和となんのてらいもなく描ききる世界観……ううん,やっぱりあれこそ亜米利加だよなあ。

かの国の文化に反発をおぼえる人々にとっては,あの健康的かつ人工的な白い歯と笑顔がなんともヤな感じなんだろう。

でも78年の映画「スーパーマン」はあのとおり大風呂敷の娯楽映画ながら,僕にとってはけっこう忘れがたい1本になっている。もう四半世紀近く前の作品(今は2002年春)だが,僕の思い出の中ではハリウッドの名だたる名作と並んでスタンダードの仲間入りをしているようなのだ。

あの雄大なテーマ曲,そして立体的な文字がびゅーんと流れていくオープニングだけで「おおー」と娯楽超大作の快感が呼び起こされる。実はその心地よさが気に入っているのかもしれない。エンタテインメント映画バンザーイと高らかにうたっているようだもんね。

それにクリストファー・リーブ演ずるクラーク・ケントがよかった。シリーズ化までされた成功の要因のひとつは彼の好演にあったと思う。彼はその後の事故でたいへんな悲運に見舞われたが,いまだにスーパーマンといえば彼以外のイメージでは考えられない。

しかし,僕がこの映画で最も印象に残っているのは,リーブ以前の,若者クラーク・ケントが旅立ちを決意するシーンである。老いた母をひとり田舎に残し,運命の呼ぶ声に導かれて北への旅立ちを告げる若者。いつかくると覚悟していた別れの日を迎えて静かに我が子を抱きしめる老母。情感いっぱいのいいシーンである。

こういうところをおざなりにしないところが長くその名を愛されている一因ではないかと思う。超人的なヒーローが暴れ回るだけの映画ではすぐに忘れられてしまうだろう。

DVDではチャプター12の38分46秒あたりから。静かな夜明けの農場,遠くに立つ息子の姿を家の中から見つめる母親の顔には,とうとうやってきたその日を予感する寂しさがある。その後のふたりの静かなやりとりが泣かせる。スーパーマンの波瀾万丈の冒険のエピソードはそれはそれでとても楽しいが,そのすべてはこの静かで感動的な別れの朝から始まっているのだ。

この作品が山ほどあるヒーロー映画の中で埋もれることなく,風格あるビッグネームとして存在し続けているのは,こうした古典的でまっすぐな魂をひっそりと内包しているから,と言ったら褒めすぎだろうか。

スーパーマン コレクションDVDコレクターズBOX SD-26
発売元(株)ワーナー・ホーム・ビデオ