メリーゴーラウンド大暴走

■見知らぬ乗客■

先日ヒッチコック監督の「北北西に進路を取れ」をたいそう面白く再見した勢いで,以前買ったままになっていた「見知らぬ乗客」も見てしまった。実はこれが初見なのだ。映画好きな先輩諸氏には鼻先で笑われてしまいそうである。でもおかげで先入観ゼロで楽しむことができたぞ。

ううむ,これは昔のミステリーゾーンにありそうなお話だなあというのが最初の感想なんだけど,もちろんこちらの方が先なのだ。51年作だからね。偉大な先人の後を追いかける後輩たちはたいへんだ。

それはともかく,緻密な色彩設計が施されたカラー作品も良いけど,モノクロの味はまた別種の香りがあってよいねえ。こういったサスペンスものにはこの陰翳がかもし出す独特の雰囲気が特によくマッチしていると思う。登場人物たちの不安な感情,焦りや疑念,狂気や殺意といったものがいやにスリリングに感じられるのである。

物語については交換殺人を持ちかけられた主人公が徐々に追いつめられていく話,とだけ書いておくが,これがなんとCDより安価に入手できるのだぞ。しかも珍しく裏表両面収録のDVDなのだ。微妙にバージョンの違う米国版と英国版がそれぞれのサイドに収録されている。未見の方にはオススメしておこう。

さてこの映画,今でいうストーカーの嫌らしさやサイコな人間の怖さ,事件に巻き込まれて苦悩する主人公といったヒッチコック映画らしい展開もたっぷり楽しめるのだが,その他にも見ていて「おほっ」とか「ふふふ」とかつぶやいてしまう演出が随所にあって面白い。

たとえばテニスの試合中,左右にそろって動く(ボールを追うから)観客の顔の中でただひとり動かずにまっすぐこちらを見ているやつがいたら……これはかなり異様だよねえ。ああっヒッチ先生さすがにうまい!

しかしクライマックスのメリーゴーラウンドのシーン,これはこの映画の雰囲気からは予想だにしなかった大がかりな仕掛けでちょっと驚いてしまった。

アクシデントで暴走する,つまり猛スピードで回転し始める回転木馬。ここで主人公最後のスリリングなアクションがあって最後には大パニックという展開なのだが,このぶっ壊れるシーンがなかなか激しく,迫力があったので思わず見とれてしまった。見とれるという表現はおかしいが,こんな派手な結果になるとは想像していなかったのである。

今のところ通して見たのは米国版(サイド1)の方だが,DVDではちょうどチャプター31。あれはなかなか撮影もたいへんだったろう。

でもよ〜く見るとどうやらぶっ壊れるシーンはミニチュアのようである。手前の群衆とよくマッチしているけどどうも……と思ってヒッチコック×トリュフォーの「映画術」という本をひっくり返してみたらヒッチ先生による解説が載っていた。やはりミニチュアで撮影してスクリーン・プロセスで投射したものだそうだ。それでも角度の調整などたいへんな撮影だったらしい。

スクリーン・プロセスなんて用語は久々に目にしたなあなどと思いつつ,しかし,あらゆる手を尽くす偉大な先人たちの熱意を楽しめる1作であった。

ちなみにエンディングは米国版の方がしゃれていると思うが,あれが「牧師」の格好だというのは今の大半の日本人にはわかるまい。実は僕も気がつかなかったことを白状しておく。あちらの観客には一目瞭然なんだろうが。

見知らぬ乗客 DL-15324
発売元(株)ワーナー・ホーム・ビデオ