また会いましょう

■博士の異常な愛情■

現実的な最終戦争のイメージとして核戦争がリアルに感じられた時代,いくつもの映画がそれを描いている。その中で最も有名なもののひとつがスタンリー・キューブリック監督の「博士の異常な愛情」だ。もちろん,今見てもたいへん面白い。1963年の作品である。

僕はこの映画も淀川さんの日曜洋画劇場が初見である。つくづく自分はテレビ出身の観客なのだなと実感するが,かつて見た印象的なシーンは今見てもやはり印象的だ。大人の目になっても自分の基本線は変わってないようである。

頭のおかしくなった基地司令官の独断でソ連への核攻撃を命じられた爆撃機。命令を解除するすべもなく事態はスラップスティックに転がり始め,やがて……という展開なのだが,こういうの,当時のアメリカにとってはけっこう日常的な感覚だったのだろうか。そうかもしれない。

偶発核戦争の悲喜劇をかわいたブラックユーモアで描いたこの映画,さすがに名を残すだけのことはあって,その容赦ない視線にさらされる人間たちの姿につい笑ってしまう。冗談きついぜ,というなかなか苦い笑いである。このドタバタのキョーレツな皮肉は今の観客にも十分有効で,世界情勢はすっかり変わっても本質的に人間の愚かさは不変なのだとよくわかる,いや,思い知ることになる。

そもそも"ソ連"なんて知らない世代がもう生まれてきてるんじゃないかと思うが,今回あらためて見ているとセリフの中では"ロシア"としか出てこない。アメリカにとってはソビエト連邦が宿敵として君臨していた時代でもUSSRやソビエトユニオンではなく敵の名は"ロシア"だったのだね。するとアメリカの旧世代にとってはソ連崩壊は実はロシア復活というのが正しい認識なのかもしれない。

それはともかく,昔テレビで見たとき以来,強烈に印象に残っているのがラストシーンである。水爆にまたがって落ちていく爆撃機の機長とそれに続くたくさんの核爆発の映像,バックに流れるゆったりとした美しい歌……。

ヴェラ・リンの「また会いましょう」という歌をバックに様々なキノコ雲の映像が続くこのエンディングは,映画史上に残る印象的なラストシーンのひとつではないだろうか。めちゃめちゃ皮肉の効いたこの組合せの意図はあえて語るまでもないだろうが,恐ろしいことに核爆発のイメージを美しいと感じる暗黒が人間の中には潜んでいるのである。

DVDでもリリースされているが,今回はあえてLDでサイド2のチャプター37と記しておこう。

というのも,この映画はオリジナルの予告編もたいへん個性的かつ印象的で,僕は個人的にはそれもこの映画の一部として見てほしいなあと思っているからだ。映画本編の独特な世界を完璧に体現しているきわめて稀な予告編であり,ぜひDVD(2002年秋リリースのもの)にも収録してほしかったのだが……。いまだにLDにアドバンテージのあるタイトルもあるということだ。

ちなみに正式なタイトルは

Dr.Strangelove Or:How I Learned To Stop Worrying And Love The Bomb
博士の異常な愛情 又は私は如何にして心配するのを止めて水爆を 愛する ようになったか

である。でもって狂った基地司令官の名がジャック・リッパーてんだから一筋縄ではいかない作品である証拠はあちこちに転がっている。そんな映画であることは間違いない。

博士の異常な愛情 PILF-1938
発売元(株)パイオニアLDC