火中の対決

■スパイダーマン■

ハリウッドの娯楽大作というのはアート系の映画が好きな人たちには何かと軽侮されることもあるのだが,通俗だ,ワンパターンだと言われながらも新しい表現や動きを次々と生み出してきた。裾野が広いだけあってさすがにその底力は圧倒的だ。

さんざん出尽くしたと思っていたヒーローものにしても「スパイダーマン」を見たときには素直におおーっと思ったものだ。あのビルからビルへと飛び移る"ぶらさがりアクション"は実に個性的で圧巻だった。

あれはスパイダーマンだけに許される動きなので他の作品で真似るわけにもいかない。あのスピードと動きを実現したスタッフは立派な仕事をしたと思う。

スパイダーマンと言えば悩めるヒーローの代表ということになっているが,僕は本家マーベルコミックを読んだことがないので映画での再現性については何とも言えない。

ただ,僕にとってスパイダーマンというのは平井和正/池上遼一という今では信じられない黄金タッグの日本版コミックが原体験なので,この映画のテイストはけっこうお気に入りだ。確かにハリウッド的ではあるけれども,十分納得できる。まあ平井さんのストーリーはめちゃめちゃ鬱屈してたけどね。

そもそも,愛するがゆえに見守るだけの愛に徹する,という主人公のヒロインに対するあの態度,あれは我々日本人には非常によくわかるメンタリティである。あのようなサムライ的ストイックな愛情は,謙遜だの謙譲だのといった奥ゆかしい文化には縁のない国民にはかなり異質なものではないだろうか。その意味でも好きな作品だ。

もちろん,ハリウッドらしいパワフルな見せ場も実に楽しくて,さすがにこの物量と技術には感服してしまう。これならもうどんなヒーローものだって撮れるはず,と思ってしまうよね。

考えてみるまでもなく,スパイダーマン誕生のきっかけなど安易もいいところのはずなんだが,そんなものを些事にしてしまうパワーが快感だ。

主人公が徐々にスパイダーマンの超能力に目覚めていくくだりなどは観客の超人願望をくすぐるのでとてもわくわくしてしまう。あの感じを自分でも味わってみたいと感情移入させてくれる力があるのだ。うまいなあ。

アクションシーンはいくつも用意されているが,僕自身の好みは中盤,火災現場の炎の中でのゴブリンとの対決シーンだ。クライマックスの戦いも迫力はあるんだけど,何しろあのスピードで夜のシーンなので,画面が暗くて目の悪い僕には動きが追えない。この火中の対決をいちばんに挙げたい。

ここは尺としても短いし,メインのアクションシーンではないんだけど,スパイダーマンの超絶の身体能力とゴブリンの飛び道具が燃えさかる炎の中で交錯する実に鮮やかなカットだ。

DVDではチャプター23の83分57秒あたりから。監督のサム・ライミといえばいつまでたっても「死霊のはらわた」って言われるけど,僕はこの「スパイダーマン」や「クイック&デッド」のようなキレのいいマンガ的アクション作品でこそ冴えてると感じる。

スパイダーマン デラックス・コレクターズ・エディション TSDD-32161
発売元(株)ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント