人形たちのラブシーン

■いばら姫またはねむり姫■

川本喜八郎氏は日本の人形アニメーションの大家である。ひとくちに人形アニメーションと言ってもいろんなタイプの作品があるが,氏のそれは正攻法の速球勝負である。扱う題材が和風でも洋風でも,クセ球は少なくのびのあるストレートが主体だ。変なたとえだけど,王道を行くという感じで風格がある。LDで入手できる作品はリリース自体が少ないこともあってわずかだが,いずれも必携の名盤だ。

人形アニメーションの魅力は様々だが,2頭身キャラのおちゃらけからシェークスピアの悲劇まで実に幅広い世界が広がっている。元々人形というのは無数のドラマを生んできた特殊なモチーフであるだけに,時には生身の人間以上の妖しさや情感を生むのである。

川本氏がかつて師事したチェコのトルンカの工房と共につくりあげた「いばら姫またはねむり姫」はそのすばらしい証である。岸田今日子原作の大人の童話をエロティシズムあふれる幻想的なタッチで描いた異色の作品だ。ついでに語りも彼女が担当している。あの声を思い出していただければどんな作風かなんとなく想像できるかもしれない。

見方によっては皮肉に満ちたダークなおとぎ話だが,人形たちの営みは異世界の美しさをたたえている。そして誰もがおおっと息をのむ瞬間がある。

作中でヒロイン(むろん人形だよ)演ずるラブシーン……というよりベッドシーンがあるのだが,これが実に妖しくエロティックなのだ。人間がやれば月並みなそれでしかないシーンだが,命あるもののごとく人形たちが演ずるとき,異様な緊張をはらんだ名場面が生まれる。

サイド1(片面ディスクだけど)のフレーム16290あたり。むろんここだけ見るような愚か者には無縁の世界であることをお断りしておこう。ヒロインいばら姫の表情の妖しさは格別である。CGではこうはいかないぞ。人形の愛らしさと不可解な気味悪さが渾然となったその魅力は今でも入手可能だ。さあ買ってこい。

いばら姫またはねむり姫 PILA-1290
発売元(株)パイオニアLDC