渡り鳥の幽霊

■四月怪談■

本棚にはちゃんとあるはずなのに読んだ覚えがない大島弓子「四月怪談」は,結局原作より映画を先に見ることになった作品のひとつだ。確か「毎日が夏休み」もそうだったかな。大島弓子はアニメも含めていくつも映像になっているのに,どれも待ち構えて見たという記憶がない。ある時ふと手に取って見てみたら面白かった……そんな印象かな。

この「四月怪談」にしてもそうだけど,映画には幽霊ものというジャンルが立派に存在している。邦画だけじゃない。洋画でもすぐに思い当たるタイトルはひとつやふたつではないと思う。

死というものを介することで生きているときには気がつかなかった様々な大切なものをくっきりと浮かび上がらせる……幽霊というのはそんなお話作りにはぴったりのモチーフだ。失敗するとべたべたのウェットなお涙頂戴物語にしかならないが,上手くハマれば切なく美しいファンタジーとして長く愛される。作り手にとっては一度は試してみたいネタのひとつに違いない。このジャンルには何か心の琴線に触れるものがあるのだろうな。

間違いで幽霊になってしまった少女と彼女をタイムリミットまでに身体に戻して生き返らせようと説得する青年幽霊の一日のお話。つまらない(と思い込んでいる)日常から逃避したい気持ちと誰かに必要だと言ってほしい甘え,揺れ動く気持ちを抱えて"その時"を迎えた少女は……。

先に述べたように,僕には原作の記憶がないので「四月怪談」については映画版の印象でしか語ることができないが,小さくても薄れない想いがチカチカとまたたいているような映画,といった気分かな。

そういえば主演の中嶋朋子は「ふたり」でも幽霊役だった。そんなキャスティングを呼ぶような何かをまとっている女優さんなのだろうか。僕には「ふたり」のイメージが強いのでその数年前(88年)のこの作品ではまるで別人のような印象を受けた。柳葉敏郎はいつ見ても柳葉敏郎だけど。

しん,としたお話なので殊更派手な展開などないのだが,ちょっとしたシーンに作り手の純な心遣い,あるいは繊細さのようなものが感じられていい雰囲気だと思う。特撮抜きの低予算ファンタジーでも作品としての品の良さみたいなものに魅かれるのだ。

例えば,旅の途中で死んでしまった渡り鳥たちの幽霊が夜の都会の空を飛んでいくシーンがある。ほんの数秒のカットにすぎないが,さりげなく描かれているにもかかわらずとても印象的だ。この映画のトーンがよく表れている絵でもある。

うちの古いDVD(なんとチャプターはおろか基本メニューさえない)では37分56秒あたり。最初に見たとき,エンドクレジットに「アニメーション 板野一郎」と出たので「えっ?」と訝しんだのだが,たぶんこのシーンの鳥のアニメーションを担当したんだろうなと納得。アニメ界では板野サーカスという言葉が定着しているくらいド派手な空中戦の第一人者だけど,こんな叙情的なシーンを手がける人でもあったんだねえ。

主人公の女の子の駄々をこねる気持ち,自分なんていてもしようがないという自己憐憫にひたりたい思いは,たぶんどなたにも覚えがあるはず。中年男の僕でもあの感情には懐かしさと痛みをちょっとだけ突つかれたような気がした。

四月怪談 JDF-7
発売元(株)日本ビクター/CIC・ビクター ビデオ