藤原千代子の肖像

■千年女優■

たとえば「おもひでぽろぽろ」とか「耳をすませば」とか「パーフェクトブルー」といった日常芝居中心のアニメーションに対して,面白いと認めつつも,なぜこの話をアニメでやるのか,実写でやってもよかったのに,というコメントを見かけることがある。正直に言うが,それがプロの批評家のレビューだったりすると,僕はもうがっかりを通り越して情けなくなってしまう。

そうじゃないだろ,と言いたくなってしまうのだ。アニメより実写の方が格上だという無意識の偏見も気に入らないが,何より,その作品の魅力がまさにアニメーションとして描かれたことから生まれているというのに,それを理解しようとしない狭量さに脱力してしまうのである。

そりゃあ実写の魅力は言うまでもないけど,それとは違う元素で作られた面白さや心地よさだって歴然と存在するのだ。

「千年女優」はまさにその実例のような作品である。これを見るとつくづく日本のアニメーションというのは特異な進化を遂げつつあるのだなあと実感できる。アドベンチャーとミュージカルしか存在しないどこかのアニメ界にはそれこそ千年待っても誕生しない(期待もしないけど)であろう不思議な映画である。

これは往年の大女優,藤原千代子が語るその数奇な半生を軸に,彼女の演じた様々な映画のストーリー,その中に入り込んだインタビュアーとの掛け合い,そういったいくつもの虚実が複雑に錯綜しつつ展開される,一人の女性の不可思議な内面を描いた異色のドラマである……ううむ,こんな要約でいいのだろうか?

とにかくこの味わいは見てもらわないことには全然伝わらない。よくまあこんな奇妙な果実が生まれたものである。これを見ちゃうと日本の劇映画は完全に負けてるよなあと思わざるを得ない。邦画の厳しい実情は察するにしても,企画の志からして違うのではなかろうか。アニメ界だってたいへん厳しい現状なのに,それでもこういった作品が生まれてくるのだから。

さて,入り組んだ物語の中に大小の山は当然あるのだが,たぶん虚実の実の部分の名場面として,終戦後の焼跡で千代子が自分の肖像画と出会うシーンをあげておきたい。

かつて彼女が家の土蔵にかくまっていた思想犯の青年,たぶん画家志望のその青年が逃げる前に土蔵の壁に描き残した少女時代の千代子の肖像画が,焼け落ちた実家の跡に立ち尽くす千代子の前にその姿を現すくだりである。

DVDではチャプター14の49分40秒くらいから。泣けるという感動ではなく「おお」という小さな奇跡に対する喜びである。その肖像画と彼が残した小さな鍵を生きるよすがに,彼女は戦後の映画界を懸命に生き抜いていくのだが……。

本作では,インタビュアーがあたかもタイムトラベラーのごとく千代子の回想に入り込むという演出のせいで,虚実の境目は一段とあいまいになっている。千代子の70数年の生涯は,彼女が演じた遠い過去から未来までの"千年"と混じり合い,ひとつになって,愛する男を追い続ける道へとつながっていく。

物議をかもしたという千代子の最後のセリフについては,ぜひご自分で見分の上で判断されたし。僕はあれでいいんじゃないかと思うのだが。

千年女優 BCBA-1547
発売元(株)バンダイビジュアル