廉姫の袖

■クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦■

DVDのリリースを首を長〜〜くして待っていた「映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」がようやく出たので(今は2003年冬)じっくりと見る。そしてはあ〜っとため息ひとつ。

ああ,オレ評論家でなくてホントによかった,としみじみ思うのはこんな時だ。

いやーいい映画であった。面白かった,すばらしい,感動した,と臆面もなく賛美できることがこんなにも気持ちいい作品はそうそうないぞ。世評高い前作「オトナ帝国」もよかったが,こちらは更に僕の琴線に触れてくる。澄み切った少しもの悲しいトーンがしんちゃんのハチャメチャな世界観と並立していること自体すごいと思うが,何かいいもん見たなあというこの気分,これは観客としてはとってもうれしく,ありがたいことだと思う。

戦国時代の一小国をめぐる攻防に巻き込まれた野原一家の物語……はどちらかというとサイドストーリーに近くて,彼らがからむことで今回の主役井尻又兵衛の男らしさ,ヒロイン廉姫の恋,合戦の世の無常といったものが鮮やかに伝わってくる。いいねえ,この手練れの演出。「クレヨンしんちゃん」でこれができてしまうんだからなあ。

実写作品の場合,観客にきちんと向き合ってもらうためにはリアリティの問題をはじめ様々な手続きを踏まねばならない。アニメ,特にしんちゃんのような作品だとそこをすっ飛ばして受け入れてもらえる分,入り口でずいぶん得しているのかもしれない。

しかし,入り込んだ世界でこれだけのものを見せてくれるなら「あれはアニメだからできること,実写ではもっとたいへんなんだ」というコメントは言い訳に過ぎないことが素直に実感できる。

観客を惹きつけ楽しませるために注ぎ込まれた演出の冴えや,スタッフやキャストの仕事ぶりの総力が,生半可な実写作品を貧相に感じさせるほど熱いのだ。

この映画ではオープニングの何気ない芝居から既に監督の目やセンスが伝わってくる。廉姫がお気に入りの小さな泉のほとりで両手に水をすくって飲むシーンがあるのだが,彼女はここで僕らが普段思っているのとはちょっと違う仕草をする。

そのまま両手を水に差し入れるのではなく,一度両手を頭の上に差し上げ,そこで手を合わせてから水面に手を入れる。見ているこちらは一瞬あれっと思うのだが,すぐにそれが着物の袖をたくし上げる動作になっていたことに気がつく。袖口を濡らさないようにという芝居であろうと知って「おおっ」と軽い衝撃を受けた。

このセンス,この細やかさ!この描写がなくても観客は特に不満も感じないだろうが,見てしまうとこの芝居に思わず心の中で花マルをあげてしまうだろう。この映画はこういう目を持った監督さんの仕事なのである。うれしいじゃないか。DVDではチャプターも何ももうホントに冒頭のシーンである。

それから廉姫の袖といえば,終盤近く,凱旋してくる又兵衛に向かって彼女が大きく手を振るシーンがある。袖がまくれて彼女の二の腕あたりまでが露わになるわけだが,「はしたない」と嘆く侍女に廉姫が「許せ」と応えるくだりだ。女性が手や足をむき出しにするのはひどくみっともないとされる時代だったのだろうとか,その軽い禁忌を無視しても愛する男の無事を喜ぶ姫の気持ちとかがその一瞬の描写で伝わってくる。上手いよなあ。ちなみにDVDではチャプター28の87分02秒あたりか。

又兵衛と廉姫,ともに声優さんの仕事がすばらしくて,特に廉姫については,よく使われる「凛とした」という表現はなるほどこういうお姫様をこそ言うのだな,と納得してしまった。

一家に一枚,これもまた必携のタイトルだと僕は信じる。

クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦 BCBA-1746
発売元(株)シンエイ動画/バンダイビジュアル