史上最も貴族的なトレーニング法

■炎のランナー■

ヴァンゲリスの音楽でも有名な「炎のランナー」はきまじめな映画だったが,静かに満ちてくる潮のような迫力がある。俗っぽい夾雑物を廃した演出が気持ちよい。僕にはキリスト教の伝道活動に対する共感というのは正直言ってないのだが,主人公たちの走ることにかける情熱には素直に感動してしまう。

この映画は,舞台となっている1920代当時の雰囲気を実に忠実に再現して見せてくれる(少なくとも見ているこちらにそう感じさせる)のだが,クライマックスのオリンピック本番にもまして時代と人間を感じさせてくれたシーンがある。

登場人物の一人で由緒ある貴族の子弟とおぼしき青年(アンディだったか?ちょっと自信ない)。彼もまた主人公たちと同様陸上競技に才能を見せるのだが,走ることは遊びと言いつつそれでも鍛錬に励むところが貴族的プライドを感じさせて僕は好きだ。その彼のトレーニング法がかっこいい。

広大なお屋敷の庭にハードルを並べて走るのだが,彼は執事に命じてシャンパンを満たしたグラスを各ハードルの端に置かせる。そして「シャンパンをこぼしたら教えてくれ」と言ってトレーニングに励むのである。僕はこの絵に描いたような貴族的なトレーニング風景を見て思わず「うひょー」と声を上げてしまった。なんて優雅な!

お金持ちはこうでなくてはいけない。オリンピックスタジアムより広い敷地の邸宅に住んでいる人間がオリンピックを目指すとしたらまさにかくあるべし,だ。

日本の忍者は走る鍛錬において,体に結んだ長い布が地面につかないように走った,などというウソかホントかわからない伝説があるが,それを1万倍ほど華麗にするとこうなるのだろうか。

制作者には申し訳ないが,正直なところこの映画で最も印象に残っているのがこのシーンなのである。英国貴族の栄華健在なりしころの風景として忘れられないワンシーンだ。僕のはアナログ音声時代の古いバージョンでサイド1のラスト,59分25秒あたりだが,現在では再リリースされてもっとましなクオリティのものが入手できる。

炎のランナー FY591-25MA
発売元(株)レーザーディスク/パイオニア