世界最初の色

■カラー・オブ・ハート■

寓話というのは初期設定がキモだから基本アイデアが上手いかどうかが入り込める鍵だ。98年のアメリカ映画「カラー・オブ・ハート」を見た時,まずそこにえらく感心した。おおーなるほどーという感じ。これはアイデアの勝利だなあと素直に思ったものである。

両親が離婚して以来,ネクラで引っ込み思案な日々を送る少年と奔放で快楽に生きる妹。そのふたりがふとしたことでテレビドラマの世界に迷い込む。そこは超健全な古き良きアメリカのホームドラマ「PLEASANTVILLE」の世界。現実世界で求めていた暖かい家庭をモチーフにしていたがゆえに少年のお気に入りだったテレビドラマの中だ。ドラマの登場人物になってしまったふたりはなんとか元の世界に戻ろうとするが……。

こういういかにも作り話らしいイントロが素直に「それはそれでよし」と言える人にはそこからの展開がとても楽しい。だいたい寓話のシチュエーション設定なんてのはたいていこんなものだからね。

そのドラマの題名「PLEASANTVILLE」(心地よい街とでもいうのかな)が示すようにそこはたいへん健全で平和な50年代後半の理想のアメリカン・ホームドラマの世界だ。当然景色はすべてモノクロ。まずその描写が面白い。

というのも,ふだんテレビで見ている分には理想的に見えるドラマの世界が,実際に入り込んでみるとずいぶん誇張されたいびつな顔に見えてくるからだ。はっきり言えば気持ち悪い。食事は非現実的なまでにこってりしてるし両親の笑顔はカメラ目線で妙に作り笑いっぽい。誰も街の外がどうなってるか知らないし図書館の本はすべてタイトルだけで中は白紙。もちろんセックスなんて誰も知らない。昔のテレビドラマではデートで手を握るくらいでもうゴールだからだ。

つまりここには物も知識もドラマの中で描かれたものしか存在しないわけだ。当然"変化"なんてものもない。毎日が同じことの繰り返し。

しかし奔放な妹が人々にいろんなイケナイ遊びを教えたりしたことがきっかけとなって,それまでこの平和でアットホームな世界の人々が知らなかった感情や価値観が生まれてくる。するとその度にモノクロの世界に少しずつ「色」が着き……という仕掛けが実に上手い。なるほどーとえらく感心もし納得してしまった。

街にどんどん色が着き始め,肌色ののった"有色人"へと変わる人々が現れ,街の混乱も大きくなってゆく。その果てに……というのが映画後半の展開だが,まあそれはご自分の目で確かめていただくとして,ここではこの平和なモノクロ世界に最初に色が登場するシーンを取り上げてみよう。

遊び好きの妹に初めてHを体験させられ興奮さめやらぬバスケ部のエースがふと傍らに目をやると,1本の赤いバラが咲いているというシーンだ。ささやかだがこれがいわゆるアリの一穴であり,街の大混乱へと発展する最初の異変である。DVDではチャプター9,時間にして36分35秒付近。

いわゆるパートカラーは全面モノクロが一時的に全面カラーになるものだが,この映画は画面の中の一部分がカラーになるという凝ったことをしていて撮影やポストプロダクションはさぞたいへんだったろうなと思う。短いものならCMで見たこともあるが,全編これでやるとなるとその手間は半端じゃないはず。デジタル時代でなければまず不可能な映像だ。

最初は街の平和な秩序が乱れていくことで色の侵入を堕落した価値観の侵入ととらえてしまいそうだが,実はそうではなく……というところがこの映画の要だろうか。

街に混乱を引き寄せてしまったふたりが街の変化につれて自分たちも変わっていく,それもよい方向に,というソフトな後味のよさにはなんとなく覚えがあるような気がしたが,監督のゲイリー・ロスが「ビッグ」や「デーヴ」の監督さんだと知って妙に納得してしまった。この感じはそれこそ監督のカラーなのかな。

カラー・オブ・ハート ASBY-1570
発売元(株)アミューズビデオ/東芝デジタルフロンティア