ハンギングロックの異界

■ピクニック at ハンギングロック■

深い謎と暗喩に満ちた傑作「ピクニックatハンギングロック」は映画ファン必携の1枚である。ミステリアスで美しく,聖と俗の狭間がどのようにつながっているかをかいま見せてくれる希有な作品だ。僕はLDで初めてこの作品を見たとき,ああ,映画好きで本当によかったと心から思ったものである。

謎を鮮やかに解き明かす快感というのはこたえられないものだが,この作品は謎解きではなく,謎そのものを神秘的なまでに美しく描くことに徹している。結末に至っても謎は謎のままなのだが,下手な謎解きを排して目に見えぬ世界の因果を暗示するにとどめているところがいい。映像ですべてを語るのではなく,想像力を刺激することでイメージを増幅する映画なのだ。

ハンギングロックという禍々しい名の岩山で穏やかな午後を過ごす名門女子学園の生徒たち。この取り合わせがすでに美と不吉さの現れであって,ただでは済まない予感に満ちている。やがて何人かの少女たちが岩山の高みを目指して登り始めたとき,世にも美しい神隠しの幕が開く。

ボッティチェリの天使と称される神秘的なヒロイン−ミランダ。彼女たちが天の啓示を受けたかのごとく一心に岩山の奥へと登っていくシーンには背筋がゾクゾクする。何か恐れにも似た異様な感覚が高まってくるのである。そのプレッシャーに負けて脱落し,俗界へと逃げ戻る娘もいる。そして天使たちは忽然と姿を消す……。

しかし,この作品のセンス・オブ・ワンダーが頂点に達するのはその後である。

憑かれたように彼女たちの探索を続ける青年マイケルが異界と俗界の接点に踏み込むシーン。傷を負い意識を失って発見された彼が友人の手に託した"あるもの"。初期版LDでサイド2の8分ちょうどのこの瞬間の戦慄はすごい。彼は執念で異界の扉を開きかけたのだろうか。

この作品はテレビでも放送されたし,LDやビデオも何度かリリースされている。しかしこの作品ほど字幕の翻訳の大切さを感じたことはない。僕が見た中では初期版LDの字幕がもっとも文学的で想像力に満ちている。字幕のバージョンもユーザーが選べるようになればいいのになあと思う。

何度見ても想像力を刺激するみごとな作品だ。

ピクニック at ハンギングロック SF078-1152
発売元(株)パイオニア/レーザーディスク