生と死の中間地帯

■オルフェ■

ジャン・コクトーの「オルフェ」は49年のフランス映画だからもう半世紀以上昔の作品だ。同じころハリウッドでは「踊る大紐育」なんて作品が作られていた。ここまで違うものが両立しちゃうんだから映画というのはたいへん間口の広いものだということがわかる。観客も広いストライクゾーンを持たなきゃ損というものだ。

「オルフェ」はギリシア神話をモチーフにした生と死二つの世界にまたがる愛の悲劇である。間違ってもファンタジーなどと安直にくくってはいけない。これは前衛の作家らしい硬派な幻想譚なのだ。

芸術家(詩人)らしいわがままで不機嫌な男が美女の死神に心奪われ,ろくに奥さんを気遣うこともなかったくせに,その奥さんが亡くなると嘆き悲しんで死神の部下に誘われあの世に奥さんを取り戻しに行く……下世話に言えばそういう古今おなじみのお話である。

だいたい主人公の身勝手が諸悪の根元なのだから「なんもかんもおめーのせいだろうが」と突っ込んでしまいたいところだが,なにしろ現代によみがえったギリシア神話なのだ。そういう身も蓋もないことは言ってはいけない。ここはひとつ眉間にしわのひとつも寄せながら「むう」とつぶやいたりするのがよろしかろう。

冗談はともかく,監督自身が芸術家として有名な人だけに,映像や表現にもただならぬ不思議な雰囲気が満ちている。まだSFXがどうのこうのという時代ではないけど,撮影技術による幻想へのこだわりがとても面白い。

たとえば,ここでは鏡を通して冥界とこの世を往来するのだが,生身の人間である主人公がその境界を越えるために死神が残していった手袋をはめるシーンがある。この手袋をはめるという何気ないシーンにさりげなく特殊な撮影を使っていたりするんだな。一瞬「あ」という感覚が通り過ぎる。

そして鏡の向こうの冥界。セリフでは生と死の中間地帯となっているが,ここの描き方も幻想的で,風景としては戦火に見舞われたヨーロッパの街という感じである。妙に歩きづらそうな様子や生前のままさまよう死者たち,脈絡のなさといったところはあの世というよりむしろ夢の中といった方がイメージしやすいかもしれない。ビジュアル的に派手な仕掛けはなくとも一種もどかしい感じに満たされているところが独特だ。

DVDではチャプター8の57分48秒あたりから。常に冥界の風に吹かれているさまに「夢の中って確かにこんな感じあるよな」と思う人もいるかもしれない。

主人公がいったん奥さんを冥界から連れ戻した後の展開がどうなるのかと思っていると,これがなるほどそうなるのかという決着だった。いかにもギリシア的悲劇の顛末はご自分で見分されたし。

オルフェ IVCF-148
発売元(株)アイ・ヴィー・シー/ビーム エンタテインメント