はしごを登るジュリー

■アメリカの夜■

フランソワ・トリュフォー監督の「アメリカの夜」を僕は最近出たDVD(今は2003年5月)で初めて見た。これ,前から気になっていたのである。

サウンドトラックの波形をデザインしたしゃれたタイトルバック,続いて街の中をちょっとあざといくらいの,実に映画らしいカメラワークで移動していく視点,そして「カット」のかけ声,というイントロでなるほどと思う。これは映画製作の現場をモチーフにしたドラマなのだ。

その程度の予備知識はあったので,この部分,そしてそれに続くシークエンスで「うんうん,なるほどそうくるのか」とこちらも受け止める体勢ができあがる。ここから映画製作の舞台裏を舞台にしてさまざまな人間模様と映画への想いが交錯してゆくのである。

映画の製作現場を描いた作品はいくつもあるが,そうかフランス映画だとこういうタッチになるのか,と妙に納得してしまうのがこの映画だ。アメリカだとこの題材でMGMミュージカルができてしまうかもしれないが,トリュフォーだとこうしてちょっと乾いたタペストリーに仕上がるわけだ。

製作現場というより修羅場のあれやこれやがすべて監督の肩にかかってくる様子も笑えるが,その監督役をトリュフォー自身が演じていて,虚実の混じり具合がいっそう混沌としているところが味になっている。実像はともかく,見ている方はトリュフォー監督ってこんな人なんだなと素直に得心してしまうのである。

なにより,いろんな撮影の裏側なども悲喜こもごもに描かれていて,映画の製作それ自体がたいへん面白いドラマなんだなということがよくわかる。想いどおりに動いてくれない猫にNGが続くシーンは楽しいが,アル中気味の老女優が繰り返すNGの居心地の悪さは笑っていいのかそれとも痛ましいのか。

ともあれ,想像力不要の今どきのエンタテインメントに慣れすぎていると,この微妙な"噛み心地"は味わえないかもしれない。

印象的シーンもいろいろあるのだが,僕が「ん」と思ったのは,ヒロインのジュリー(ジャクリーン・ビセット)が2階の窓のセットにはしごを伝って登っていく場面だ。このセット,なんだかとても頼りない危なっかしい作りに見えるのだが,加えて窓の部分はかなり高い位置にある。彼女がはしごを登り始めるとカメラはそれを横から追うのだが,このはしごが意外と長くて終わらないので,何気なく見ていると「え,え,え?」となってしまう。

セットの裏側にもっとちゃんとした階段でも作ればいいのにと思うが,ここで撮られている「パメラを紹介します」という映画はきっと予算がキビシイのだろうな。小さなシーンなのだがインパクトがあった。DVDではチャプター24の80分27秒くらいから。ぎしぎし揺れるはしごであの高さまで平然と登れる女性は少数派だと思うぞ。

僕はこの映画のヒロイン,なぜかずっとジュリー・クリスティだと思い込んでいた。役名は"ジュリー"だけどね。どこでそんな思い違いをしてしまったのかわからないが,この映画でのジャクリーン・ビセットの美貌はすばらしいのひと言。最近の映画界ではまずお目にかかれない美しさである

アメリカの夜 DL-11134
発売元(株)ワーナー・ホーム・ビデオ