予知と風船

■マイノリティ・レポート■

SF作家のフィリップ・K・ディックは本当に人気がある。死後20数年もたつのにいまだにどこからともなく新作が出てくるし,映画化の話も途切れることがない。何十年も前に僕がSFを読み始めた頃からすでにSF界では異能の人気作家だったけど,他のスター作家とは違うタイプの人気だったように思う。この秘密はどこにあるんだろうね。

それはともかく,ディック原作の一本「マイノリティ・リポート」を最近になって(今は2005年秋)ようやく見た。遅ればせながらというのも恥ずかしいけどこれは面白かったな。ふんだんに登場するガジェットの魅力もさることながらスピーディーなアメリカ映画向きの展開で豪勢なエンタテインメントになっていたと思う。

実際のところこうしたSFプロパー的なネタでも普通に娯楽作品として描ける時代になったのはちょっと感慨深い。昔だったら先鋭的(自称ね)なSFファンくらいしか見に行かないテーマだと思うけどな。スピルバーグ印&とム・クルーズの威力はたいしたもんだ。

こういうのを普通に劇場で,あるいはDVDで楽しめる人々が多数派になってきたのだとすると世の中も少しずつSF世界に近づいているのかもね。

殺人事件が発生する前に犯人になる「予定の」人間を検挙するというかなりパラドキシカルなシステムが実現した社会で主人公の警官自身が殺人犯になると予知されてしまったところから彼の逃亡と戦いが始まる……というお話だけど,正直これは吹替えで見て正解だと思ったね。観客にも理屈を考えさせる部分がある映画はこちらもある程度の情報量が欲しい。

トム・クルーズはいまだに二枚目のイメージが先に立つことが多いけど,一作一作見ていくといい仕事してるじゃんと素直に思えるよ。今後も期待できると感じたな。

さて,この映画のキモは予知能力をメインに持ってきたところ。これは難しいよ。前もって何でもわかってしまったらほとんどオールマイティーだからどうやってそのアドバンテージに制限をかけるかというのは重要だ。同時にその力のすごさを見せつけて「おおっ」と観客に驚きを与えることも必要になってくる。この作品ではそのさじ加減がなかなかうまいと思ったな。

特に逃亡中の主人公が予知能力者の少女のサポートで警官たちの目から逃れるシーンが気に入った。なるほどー!と膝を叩いたもんな。あの展開はお見事。ネタバレになるから詳しくは書けないけどあの「風船売り」のくだりといえば見た方にはすぐおわかりだろう。DVDではチャプタ−17,時間にして96分25秒あたりかな。

SFを本格的に映像化するのは難しい。本物と偽物の微妙な,しかしはっきりした違いをSFファンは確実に嗅ぎ分けてしまうからだ。でもこの映画はちゃんとそこをクリアしてると思うし娯楽映画としても成立してる。終盤のまとめ方が気に入るかどうかは人それぞれだろうけど僕は支持しよう。

マイノリティ・リポート FXBN-20918
発売元(株)20世紀 フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン