カタツムリの官能

■ミクロコスモス■

子供のころは昆虫が好きだったという人は少なくないと思う。そして大人になった今は「虫が大嫌い,気持ち悪い」という人もやはり少なくないはずだ。どの時点でその"変心"が起こるのかわからないが,現代人はとにかくサラサラすっきりという感触が好きなので,それに反する生理的な嫌悪感みたいなものを感じるのだろう。

実は僕も今では虫嫌い派の一員である。でも映画「ミクロコスモス」はそんな個人的な好みを越えてたいへん見応えのある映像だった。

うんとズームアップしたカメラで昆虫や植物たちの生態,いや,ふるまいと自然の姿をとらえた実にワンダーな感覚に満ちた作品である。よくNHKなどでも見かけるドキュメンタリーのようだが,それだけではない。映画人たちのセンスが色濃く加わってとても美しく,かつ驚きに満ちた小宇宙が描き出されているのである。

ちょっと視点を変えると地球が虫の惑星なのだということがよくわかる。これはそんな映画なのだが,視界や視点が昆虫サイズになると世界の見え方がこうまで違うのかと何かしら感銘を覚えてしまう。どこかよその星の観察記録ではないかと思ってしまうほどファンタスティックな生命系が展開するからだ。

しかも一面の美しい花々,深く鮮やかな空の青,むくむくとわきたつ分厚い雲,雨に打たれる緑や森を照らす満月などの映像も演出としてたいへんうまく描かれているので,テレビのドキュメンタリーとは明らかに別格のグレードを感じさせてくれるのである。

これはたとえ昆虫嫌いでも一度は見ておきたい,知っておきたいこの地球のもうひとつの姿なのだ。

名場面のひとつとして2匹のカタツムリのラブシーンを挙げておこう。僕が見たのは初期のLD版だが,チャプター8の15分51秒あたりから先。全身粘膜の生き物が2匹でゆっくりとからみ合うのだから,誰もが人間の性器がからむセックスのイメージを思い浮かべそうだが,驚いたことにけっこう格調高いラブシーンに見えるのである。ドラマチックな音楽のせいもあるが,へええ,と感心してしまった。

もうひとつ,雨のシーンも印象的だった。昆虫たちのサイズでは雨粒のひとつひとつが爆弾並の脅威であることがインパクトのある映像で実感できる。巨大隕石映画で小さな流星が都市に雨あられと降ってパニックになるシーンを思い浮かべていただくとよいだろう。とにかく,時間と空間のスケールがまるで違う生き物たちの一日は,それだけでドラマの連続なのである。

よく「私も小鳥になって空を飛びたい」などと口にする人がいるが,小鳥サイズになったときに世界がどんな風に見えるか考えてみるべきだろう。体長が10分の1になれば,相対的に物の大きさ(体積)は千倍になる。虫嫌いの人はすべての昆虫が千倍の体積になることを想像してみよう。僕ならやめとく。

そんなあなたにもファンタスティックな昆虫惑星の美しい記録映画として,この1本をおすすめしておこう。

ミクロコスモス PILF-2563
発売元(株)パイオニアLDC