耳の中の潜水艇

■ミクロの決死圏■

人間を縮小して患者の体内に送り込み,内側から治療する。だがそのスタッフの中には裏切り者がいて……とくれば誰もがご存知「ミクロの決死圏」である。今なら原題どおりファンタスティック・ボエジとかなんとか冴えないタイトルが付きそうだが,この有名な邦題をつけた人には拍手だ。

66年作ということでもうかなり古い作品なのだが,アナログ時代の特撮の味やその美しい画面,ハラハラドキドキの展開,何より観客に驚きと楽しさを提供しようというその作りがうれしい。娯楽映画の鑑ではなかろうか。ハリウッドの余裕みたいなものが感じられて昔から好きな映画なのである。

見どころはやはり体内めぐりの美しく,時に幻想的なその映像だ。今ならCGアーティストの腕の見せ所だろうが,そんな技術が生まれる前のスタッフの仕事ぶりがあっぱれである。適度に娯楽映画らしい見せ方も楽しい。科学ドキュメンタリーとは違うのだからね。

さて,縮小された潜水艇で体内を進む主人公たちは途中で耳の中に達するが,なにせ場所が場所だ。患者の鼓膜を通して外部の音が伝わってくると耳の中のミクロな連中にとっては被害甚大。そこで外部では患者を取り巻く医師や看護婦に対して「いかなる音も声も出してはいけない」と指示が出される。しかし看護婦がハサミを落として……。

ハプニングとアクシデントで刻々と状況が変わり,内外のスタッフが限られた時間の中でそれに対処していく。僕はこのあたりの展開がとても好きだ。

DVDではチャプター17の74分35秒あたりで「内耳に入る。音を出すな」という指示がある。続いて耳の中の潜水艇のドラマ,そしてチャプター18の79分34秒,外部では医師の汗を拭おうとした看護婦がハサミを落とす。見ているこっちは「あっ,よけいなことするんじゃない!」と突っ込みたくなるシーンだが,実に娯楽映画らしい展開だねー。

ここは音を立てるなと言うだけでなく,全員床に仰向けに寝るように指示するのが確実だろうが,まあそれは後知恵ってもんかな。登場人物たちが最善手ばかり選択するとドラマというものは成立しないのである。

ところでもうひとつ,チャプター13の46分03秒あたりでとても珍しいものが見られる。登場人物のひとりが計算尺を使うのである。このシーン,電卓しか知らない世代には彼が何をしているのかピンとこないかもしれないが,計算尺というのは古典的なアナログ計算機だ。僕が子供のころには算数の時間にちょっとだけ習った覚えがある。アバウトな計算が素早く行える面白いツールだった。

製作から35年(今は2001年6月)たつが,SFアドベンチャー映画としてその面白さは色褪せていない。ちなみにこの映画と手塚治虫の関係についてはその筋ではつとに有名だ。興味のある方は検索してみよう。

ミクロの決死圏 FXBA-1002
発売元(株)20世紀フォックスホームエンターテイメントジャパン