身投げする車

■ラブバッグ■

ディズニーには実写映画の分野でも独特のカラーと伝統がある。それはもう「海底二万哩」や「メリー・ポピンズ」といった古典的名作をあげるまでもなく誰もがご存知のことだと思う。昔テレビの「ディズニーランド」でも番組の終わりに予告編が流れたりしていたのを覚えて人もいるはずだ。

「ラブバッグ」は意志を持つ車,フォルクスワーゲンのハービーの活躍と恋やレースのスリルを詰め込んだファミリー映画の傑作だ。僕にとっては子供のころ劇場で見た数少ない洋画のひとつである。たぶん吹き替え版だったのではないかと思う。映画館で大笑いしながら見た記憶があるからだ。

その印象はけっこう心に残っていたらしく,後のLD時代にリリースを知ったときは「や,これは買わねば!」と喜んだものだ。

とにかく平和だなあ〜というのがすべて。現実(69年作)には様々な問題が火を噴いていたはずだが,ここでは平和で開放的でまだ人々を締めつける様々な問題はどこにも感じられない。世界は広く,人間は生き生きとして,未来は希望に満ちている……この映画の中の世界はそういう雰囲気に満たされていてとても居心地がよい。重苦しい世の中をはいずり回っている我々にも,たまにはそういうクラシックなゆとりを楽しむモードが欲しいね。

同時に,この映画には「メリー・ポピンズ」とよく似た肌触りみたいなものがあって,ああ,この感じがディズニーのファミリー映画なんだなと実感できる。色彩や音響,ちょっとした演出のタッチやのどかな世界観みたいなもの,それらが何となく共通したカラーを感じさせるのである。

映画の見どころはなんといってもクライマックスのレースシーンなんだが,今回取り上げるのは全く地味な場面。ハービーが世を儚んで?橋の上から身を投げようとするくだりである。大人になってこの映画に再会したとき,レースシーンのドタバタ以外は全然覚えていなくて「ははーこういう話だったのか」とちょっと驚いたのだが,その代表としてこのシーンを選んでみた。

身投げしようとするハービー,止めようとする主人公,そのやりとりやハービーの妙に人間くさい仕草?が大人になった観客(僕のことね)にはおかしい。うちの古いLDではサイド2の11分2秒くらい。作り手と同じ世代になると細かいくすぐりにニヤニヤしてしまうというわけだ。

むろんレースシーンの面白さは無類で,ディズニーのカーアクションも並大抵のものではないことがよくわかる。コメディだから笑って見ているけどこの絵を実現しているドライバーやスタントチームの腕前は大したものだ。これに楽しい特撮が加わってあの国のエンタテインメントの悠々たる余裕みたいなものをたっぷり味わうことができる。

そもそもオープニングからしてうまい。別々の方向から交差点に進入してくる車たちが互いに巧妙にすり抜けていく。見ているこちらはその絶妙なタイミングに「おおー」と感心し,その妙技を背景にクレジットが進むのだなと思ってしまう。ところが次の瞬間,今までうまくすり抜けていた車同士がドカンとぶつかってギョッとすることになる。一転して激しいクラッシュシーンの連続。何となく安心して見ていた観客はこの小さな裏切り,あるいは二段構えのオープニングにぐいっと引き込まれてしまう。うーん,うまいぞ。

映画史の中では無数のタイトルの中に埋もれていく1本なのかもしれないが,僕にとっては大事な1本。機会があればビデオ屋で探してみよう。

ラブバッグ PILF-1686
発売元(株)パイオニアLDC