10万マルクの絶叫

■ラン・ローラ・ラン■

映画好きのわがままのひとつに「こんなにおもしれー作品なのになんで映画雑誌やら他のメディアやらの扱いが小さいのだあ〜〜」というのがある……あると思う。自分の好きな映画をもっと大きく取り上げてくれなきゃやだ!というホントにわがままとしか言いようのない主張だ。

でもときどき「その気持ちもわかるよ」と言いたくなることがある。

スーパーハイテンションなドイツ映画「ラン・ローラ・ラン」を見た後,僕自身もそんな気分になったからである。わおー面白いぞおと興奮してキネ旬のバックナンバーを引っぱり出したりしたのだが,くぉらっ,扱いが小さいぞ!と毒づいてしまった。特集組めよ,特集ぅ〜。

とまあ,そんな愚痴も出るくらいこの映画は快感であった。文字どおり疾走感がすばらしいよね。刺激的でテンポがよくて知的で映像的な作り込みもみっしり。伝統的な映画の文法とはずいぶんスタイルが違っても,これこそ映画を観る醍醐味だと思ったものである。DVDで所有する喜びが実感できること請けあいだ。

バカな恋人の命を救うためにベルリンの街を(金策に)走るヒロイン。リミットはたった20分。偶然と必然,時間と因果,リセットされる運命,そしてその運命をもねじ曲げるヒロインの意思……分析好きにはこたえられないだろうが,そうでない人にだってこの刺激に満ちた世界は楽しいぞ。

これが現代の映画人のやる気ってもんなんだなと得心できる81分である。

さて,3度目の世界でローラは金策のためにカジノで一発勝負に出る。何しろ愛の力で運命の改変に挑む女である。彼女の叫びにグラスは砕けルーレットの球はひれ伏して10万マルクを差し出す。ローラのこの悲鳴というか絶叫の威力は冒頭から繰り返されるキーのひとつでもあるようだ。DVDではチャプター22の67分35秒あたりから。

とにかく凝った映像とドラマ,音楽,演出,もちろんローラのキャラクター,ベルリンの街並み自体の魅力など,一度きりの鑑賞ではもったいないほどの面白さがぎっしりと詰まっている。リピーターになれる映画なのだ。

個人的なことを言わせてもらえば,この感じにはどこかでお目にかかったことがある。記憶を探っていてああ,そうかと思い当たったのは全盛期のかんべむさしの小説だ。このはじけ方と転がり感?そして世界をひっくり返す感じが彼の名調子を思い起こさせる。

確かに小説でならこういう試みはいくつもあったけど,ここまで充実したフィルムにして見せてくれたのはご立派のひと言である。この監督さん,たいした才能だと思う。

ラン・ローラ・ラン PCBE-00019
発売元(株)コムストック/パンドラ/テレビ東京/テレビ大阪/ポニーキャニオン