幽玄の壇ノ浦

■怪談■

今日は65年作「怪談」だ。夏だから(今は2001年夏)というわけでもないが,かつての邦画の底力を見せつけてくれる傑作である。かの小泉八雲の名作「怪談」の映画化で4つのエピソードからなるオムニバス作。2時間半を超える堂々たる大作だ。

最近は邦画でシネスコの作品はほとんど見かけないが,これは懐かしのTOHO SCOPEである。60年代の香りってわけでもないが,この文字が出ると古さと同時にわくわくする感じもわき上がってくる。テレビとは絶対に違う映画への期待感みたいなものかな。

そして見終わった後の充実感というのはまさに優れた大作映画のそれである。実に美しく妖しげな色彩,シュールでさえある美術,大規模なセット,豪華な演技陣,純和風のたいそう魅力的な幻想の数々……。当時としては文芸映画の範疇に入るらしいのだが,今見ると堂々たるエンターテインメントでもある。

このクオリティなら4つと言わず他のエピソードも見たいよ〜という欲求が強烈にわいてくる出来映えで,観客にとってはぜいたくなごちそうだ。

どのエピソードも面白いが,最も力が入っているのは「耳無し芳一の話」だろうか。映像的にもスケールが大きく,カタカナ文化とは無縁の和の幻想がまことにすばらしい。冒頭の壇ノ浦の合戦のシーンなど,絵巻物風のイメージが実に見事で驚いてしまった。

更に,芳一が平家一門の亡霊たちの前で琵琶を弾く一連のシーンの深い幻想性には喜びさえ感じてしまう。異界に浮かび上がる火と水の舞台,整然と座す武将や姫たち(の亡霊),流れる琵琶歌と再現される滅びの絵巻……。色彩が異様に怖い。苦労を乗り越えて映画化した甲斐があったねえという名場面である。

手元のLDではサイド3のチャプター51だが,同じくチャプター49あたりから含めるべきだろう。幽玄とか霊異といった日常ほとんど縁のない言葉を思い出してしまう世界だ。

もうひとつ,耳無し芳一といえば彼の全身に魔よけの経文を書くというくだりが有名である。このシーンも要注目。サイド4チャプター54の2分40秒あたりからだが,全身に般若心経を書き込んでいくそのイメージはやはり印象強烈だ。梵字というのは日本人にとってさえ一種独特の玄妙な感じを抱かせるものだが,海外の観客にはなおさら「オオ!」というインパクトがあったろう。

出演しているのは日本映画ではおなじみの人ばかりだが,欧亜混血風の顔が増えた今ではなかなか期待できない日本人の顔である。しかも演技は一流。まともに芝居ができるってすばらしいなーと感じずにはいられない。手元に置いておく値打ちと喜びに満ちた充実した逸品である。

怪談 TLL 2478
発売元(株)東宝