北端の祭礼

■イノセンス■

押井守監督の「イノセンス」はNHKまでがカンヌ制覇かと持ち上げた今年(2004年)前半最大の話題作だ。映像,音楽,スケール,話題性,クオリティ,インパクト……どれをとっても邦画のライブアクションとはケタ違いの超弩級映画で,最初に封切りで見たときは呆然としてしまった。特にあの映像と音楽は圧倒的で,最初はストーリーの印象が薄くて戸惑ってしまうくらいだ。

二度目に劇場に出かけてやっといろいろな部分が「ああ,そういうことか」と納得できたが,これは一度や二度ではなかなか全貌がつかめない難物だ。DVDのリリースがこれほど待ち遠しかった作品は久しぶりである。

僕は押井監督の意図すべてに共感できるわけではない。彼がフリーハンドと大予算を握ったらどんなすごいものができるかという期待とともに,力作だけどえれえつまらん話になるんじゃないかという不安もあった。近作を見ると彼がもう痛快なアクションなどには興味がなさそうに思えたからだ。

そういう点でこの「イノセンス」はかなり微妙なバランスで成立していると思ったが,あの映像と音楽の前にはどんな理屈も引っ込むしかあるまいという,その力業がすごかった。

まあ,それでもバトーたち老けたなあといういささか散文的な印象はあったな。画面も暗いが世界も暗い。くたびれてしょぼくれて,素子が去ってから9課の面々も気合充実の人生の最盛期を過ぎてしまったという感じ。弾むものがない日々が延々と続いてたんだろうなと,バトーや荒巻のくたびれ具合が妙にわびしかった。本作の前にテレビシリーズの「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」で若々しく活動的な9課の活躍を見ていたのでよけいにそう感じるのだろう。

それはともかく,この映画の中盤以降,舞台が北端の択捉経済特区に移ってからの展開は本当に圧巻だった。あのアンバーな色合いの世界,悪夢の中をめぐっているような不条理感と恐ろしく緻密な映像は,もうこの路線は行くところまで行ったと実感させてくれる凄まじさだった。ストーリーの転換点になる北端の祭礼シーンはこの先何十年も語り草になるだろう名場面だと思う。

DVDではチャプター9の択捉上空のシーンからチャプター10の祭礼シーンまで。とにかく目が画面に釘付けになる。劇場のスクリーンの解像度と大音響でないと十分に堪能できないすごいクオリティなのだが,それでもホームシアターでこれを楽しめるとはありがたい。それも非常にぜいたくな楽しみである。もう何度も繰り返して見ているが,そのたびにすげーなーとひたすら感服してしまう。

かつて「2001年宇宙の旅」のスターゲート以降のシーンは一種のトリップ体験と言われたものだが,この祭礼のシーンもまさに「すごい体験」としか言いようのないもので,これだけでも押井監督に20億与えた甲斐があったという気がする。

川井憲次の音楽がまた筆舌に尽くしがたいインパクトで,あの傀儡謡,ずっと聞いてると頭がおかしくなりそうなんだが,それでもサントラを延々とリピートしてしまう。映像との相乗効果はほとんど無敵レベルじゃなかろうか。

イノセンス VWDS9102
発売元(株)ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント