プリンセスは乱闘中

■ローマの休日■

「ローマの休日」ほどの人気の名画となるとどこをとっても名場面なのだが,よく紹介されるのはスペイン広場のくだりとその前後あたりか。確かに僕もあのへんは大好きだが,シナリオも演出も職人芸のうまさを詰め込んだこの映画,他にも隅から隅まで楽しめるシーンの連続である。

僕のイチ押しは終盤近くに出てくる船上での乱闘シーンだ。姫さまの失踪にあわてた側近たちが国元から呼び寄せたシークレット・サービスの男たち。姫さま捜索の密命を受けた男たちがヘプバーンの王女アンを発見して強引に連れ戻そうとする。そこでグレゴリー・ペックたちと乱闘になるあのシーンである。

ここは楽しい!演出も冴えまくっている。シーンを面白くするためにはどんな演出をすべきかというお手本のようなつくりだ。

サイド2の28分30秒あたりから船上ダンスパーティーの会場で殴り合いが始まる。すると伴奏していた楽団はそれを見てゆったりしたダンス・ミュージックから勇ましい進撃マーチ風の曲に変える。乱闘のための伴奏である。いやあ粋だねえ。アン王女の髪をカットしたプレイボーイ風の理容師もクシで髪を整えてから乱闘に参加する。そうだよそうでなくちゃ。

アン王女も乱闘の渦中で勇ましく花瓶をたたきつけたりしているが,むろんそんなおてんばな姿の中でも気品を損なわないところはさすがだ。

そしてそんな彼女の姿を極秘の密着取材で隠し撮りしていたカメラマン(ご存じのとおりペックの相棒)がシャッターを切り損ねて思わず「もう1回やってくれ!」と叫ぶのが29分45秒,アン王女がシークレット・サービスの男をギターで殴りつけるシーンだ。この瞬間くだんの楽団は「いよいよであります」ってな感じでドラムを打ち鳴らす。いやもうこの演出のタイミングといったら!

こんな平和な世界もあったのだなあ,と思わず感慨にふけってしまう楽しい映画,そして切ない幕切れも忘れがたい。愛され続けているのも当然だよね。

ローマの休日 SF078-1004
発売元(株)レーザーディスク/パイオニア