心に刻んだからね

■トイレの花子さん■

学校の怪談がブームの頃,「学校の怪談」「トイレの花子さん」がそれぞれ映画化という記事を見て,そのずいぶんあからさまなブーム便乗企画に「やれやれ」と思ったものである。安易な企画だよねえ,邦画らしいよなあ,などとそれこそ安直な感想を抱いたものだが,実はそういう自分の通り一遍の反応こそが安直なのだった。

2本ともなかなかの佳作だったからだ。うーん,映画は自分の目で見るまではわからんなあ,そう心得ていたはずなのにまだこんな偏見から逃れられないのが自分でも情けない。

特に「トイレの花子さん」(95年)には意表を突かれた。「学校の怪談」の方はお化け屋敷ムービーとしてエンタテインメントに仕上げられそうなことは想像できるけど,この花子さんがこんなお話で来るとは誰も想像できなかったのではないだろうか。全然怪談じゃないんだよね。

小学生をねらった連続猟奇殺人犯が出没する街。根拠のない噂に過敏に反応する子供たちとそこへ転校してきた少女。噂,いじめ,嫉妬といった誰もがナーバスになる環境で起こる事件……。本来想定していた客層であろう子供たちにはかなり身につまされる話だったかもしれない。しかし意外なほど引き込まれるものがあって見事な出来だった。

素直に「この監督さん,えれえなあ」と思う。内情は知らないが,トイレの花子さんで1本当てたいという上層部をだまくらかして?実は自分の撮りたい映画を作っちゃったという感じである。

さて,クレジットこそ3番目だが,この映画の主人公はなんといっても前田愛演ずるなつみという子である。兄(小6)のクラスに転校してきていじめに遭う少女冴子を最後まで信じ抜く純粋さと気丈さ,それを小さな身体でちゃんと演じて見せてくれるのだから立派だ。

僕はテレビのさんま大先生も見てなかったし,この子が小学生アイドルランキング1位だなんてことも知らなかったが,この映画での際立った存在感は印象的だった。その後の活躍も当然と言えば当然だったのかもしれない。

このちっこい子がわずか数年でガメラ3の比良坂綾奈になるんだから女の子が育って花開く様というのは鮮やかなもんである。まさにジジイの感想になってしまったが。

それはともかく,彼女の幼いながらもきりりとした表情と真のヒロインらしい強さを宣言してみせるこのシーンが印象的だ。悪女に惑わされて騎士役を滑り落ちかけている兄(どういう意味かはその目でご確認を)に向かって自分の意志をきっぱりと告げるシーンである。「あたし,心に刻んだからね」と冴子に対する信頼を兄に,そして自分自身に言い切ってみせるところだ。

手元のLDではサイド2の18分06秒。まさに主役の顔である。実はなつみ自身もいじめらしきものに遭っている様がさりげなく出てくるのだが,いざとなるとそれをはねのける主人公らしい強さもちゃんと描かれている。とはいえ,今どき小学生やってんのもたいへんなんだねー。

感情移入してるとあれだけいじめておいて最後は「冴子ちゃんごめんね」で済んじゃっていいのか,という憤慨もあるかもしれない。実は僕もちょっとそう思う。

でもやられた分を必ず報復していたら世の中はとうに壊れている。感情的なバランスシートはたいてい主人公側の赤字だ。これを黒字にしなけりゃ気が済まないという人が増えると殺伐としたお話が増加するわけだ。なかなか難しいものである。自分はのどかな時代に小学生でいられて幸運だったなーと正直思ったよ。

しかし,久しぶりに見るとけっこういろいろ忘れてる。ラストシーンがあんなシーンだったなんて完全に忘れてた。エンドロールがなつみの「さん,し」で始まるあの曲だったというのも忘れていたけど,でもこっちは気持ちのよい再会だった。良いアレンジだよねーあそこは。

見た方はおわかりのとおり,あるいは花子さん抜きでも完結させられるんじゃないかという物語である。ま,それをやっちゃうと大人の映画になってしまうが,とにかくこのタイトルだけで敬遠していた人には是非一度どうぞ,とすすめておこう。

トイレの花子さん JSLD22866
発売元(株)ケイエスエス/日本ソフトシステム