鼻はじゃまにならないの?

■誰がために鐘は鳴る■

ヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」は読んでいないんだけど映画の方は見た。ゲーリー・クーパーとイングリッド・バーグマンという究極のキャスティングだ。原作者自身の希望による顔合わせだそうだが,確かにこれを見た後ではこの二人以外には考えられないな,という気がする。名を残す作品というのはさすがに風格が違う。

さて,この映画の話になると必ず出てくるのがクーパーとバーグマンのキスシーンでのやりとりである。戦火の中で燃えるふたりのラブシーンだが,ここでバーグマン扮するマリアのセリフがいまだに語りぐさになっている。

おずおずとキスしようとするマリアが「鼻がぶつからない?」と言う。

今どきこんなこと言ったらはっ倒されるか爆笑されるかカマトト(死語か)だと言われるか……いずれにしろまともに受け取ってもらえないのは確かだ。しかしかつては時代と文化がそれを美しく価値あるものとして讃えていたのである。これはやはり一種の言霊であろう。軽薄な言葉には微少な力しかないのだ。シュークリームの皮のような早熟早衰世代には別世界の価値観だが,こうして伝説として語り継がれている作品にはそんな観客をも引きずり込むパワーがある。

うちの古いLDではサイド1の50分40秒あたりでこの映画史上に名高いラブシーンをのぞくことができる。ちなみに上記のバーグマンのセリフは字幕スーパーのそれであり,彼女自身のセリフが何と言ってるかはちょっと聞き取れなかった。だいたい同じこと言ってるらしいというのはわかるけど。

ところでLDというのは収録時間の関係で否応なく途中でひっくり返さなくてはならない。したがってどこでサイドを切り替えるかは発売元スタッフのセンスが問われるところだが,この初期版LDに関してはその点がちと不満だ。せっかくのラブシーンなのに無粋な切れ目が入る。中古で見つけてもこの品番のものは敬遠してもっと後のバージョンを探そう。

誰がために鐘は鳴る SF098-1115
発売元(株)レーザーディスク/パイオニア