銀河鉄道の夜のトウモロコシ畑

■銀河鉄道の夜■

何度でもブームがやってくる宮澤賢治,彼もしくは彼の作品にまつわる映画はいろいろ作られたが,群を抜いてすばらしかったのは85年の劇場用アニメーション「銀河鉄道の夜」である。

LDでの初見だったけど,心の中に満ちてくる深く美しいイメージには衝撃を受けた。ドンパチの派手なアクションは日本アニメの独壇場だったが,こんな静謐な心象風景を手がけることができるとは思いもしなかった。誤算と言うより新鮮な驚きだったのである。

アニメーションという手法は宮澤賢治の作品によく合うのかもしれない。

何と言ってもトータルなデザインのすばらしさと印象的な音楽,まれに見る深い幻想性など,映画を見ることの幸福を感じさせてくれる傑作だ。もっともっと高く評価されても不思議ではないと思うのだが,信じがたいことにこの作品が嫌いという人もいる。悲しいことだ。目をそらしていることに向き合わされるのがいやなのかもしれない。

ご承知のとおり,この映画は小さなエピソードの積み重ねで構成されている。どのパートが好きかというのは人それぞれだが,僕にとっては「新世界交響楽」の章がもっとも印象的だった。あの一面のトウモロコシ畑の出てくるところである。

見渡す限りのトウモロコシ畑の中に小さな駅が浮かんでいる。天空から宗教画にあるような大きな時計の振り子がのびてゆっくりと時を刻み,午後の陽射しの中に新世界交響楽(おなじみ「家路」のパート)が流れる……。

実に美しいシーンだけど,たとえようもなく寂しい光景でもある。人間はこの景色の中では寂しくて生きていけないな,と思ったものだ。俗なものが一切ない世界というのは清浄で美しいけれども,地上の幸福とはまた違う世界なんだねー。

LDではサイド2チャプター18の28分56秒あたりからトウモロコシ畑に突入。この一面のトウモロコシ,CGのように見える(数が半端ではない!)が,昔読んだスタッフのインタビューでは確かすべて手描きということだった。ちょっとうろ覚えなので違っていたらごめん。

ジョバンニ役の田中真弓は芸達者ではあるけど,それにしてもこの映画での彼女はすばらしい。一世一代の名演ではなかろうか。

銀河鉄道の夜 PILA-7058
発売元(株)朝日新聞社/パイオニアLDC