笛吹き男の逆襲

■闇と光のラビリンス■

この歳になってもアニメは好きで,昔ほどではないけど楽しんでいる。テレビアニメに代表される商業主義どっぷりの世界はいろいろ批判もあるけど,それでも面白い。さすがにロートルではついていけないものも増えたけどね。

でも時々そうしたものと対局にある芸術志向のアート系アニメーションにものすごく惹かれる瞬間がやってくる。日ごろの反動みたいなものかな。そうなると手持ちの海外実験作品の短編集などを猛烈に見たくなるわけ。

つい先日引っ張り出して見たのはチェコの作家イジー・バルタの作品集「闇と光のラビリンス」だ。もうだいぶ前に買ってずっとそのままになっていたものなんだけど,しんとした深夜,ひとりで見ているとなんともいえぬ不思議な妄想に浸ってしまう。

正直,僕の感性にぴったりというわけではないので退屈なところもあるんだけど,それでもこのイメージを喚起する力は見事だと思う。異界の黄昏という感じだろうか。「昏」という字は「くらい」と読ませるけどまさにそのイメージ。暗い,ではなく「昏い」世界。

収録作の中ではラストを飾る1時間近い大作「笛吹き男」が圧巻だ。ハーメルンの笛吹き男をモチーフにした作品だけど,なんといってもその美術的造形がすばらしい。抽象絵画をねっとりしたタッチで動かしているような画面には思わず「おおー」とうなってしまった。実際には美しいというより気持ち悪いといった方が正しい感想なのかもしれないが,これはたいしたものだと思ったよ。

キャラクターはコマ撮りの人形アニメだと思うけどデザインがものすごく独特で,正直こういうのが好きかと問われれば「微妙」と答えてしまいそう。日ごろこれらとまるで違う日本アニメになじんでいるとなおさらだ。いわゆる「かわいい」とは正反対だからね。それでもインパクトがすごいんだよ,これは。

どこか見どころをひとつ取り出すのはちょっと難しい。だからとにもかくにもワンシーンということで笛吹き男が彼を裏切った町の住人たちを全滅に追いやるシーンを挙げておこう。彼の笛の音を聞いた人々はみなネズミに変身し,そのままレミングのように川に飛び込んで死んでしまうのだ。欲と不実にまみれた町は滅び,残されたのは……。

DVDでは46分10秒あたりから先。なんだかいろいろ妄想のタネをもらったようなひとときだった。気持ち悪い系のショートフィルムが見たい人にはオススメの一枚かもしれない。

イジー・バルタ/闇と光のラビリンス DAD0104
発売元(株)発売元(株)ダゲレオ出版