性質や傾向の似たものをひとくくりに表現するときによく○○系という言葉が使われる。映画や小説でも時々目にするけど,僕はこの表現が大嫌いだ。それが表現の豊かさやバリエーションを失わせ,精緻な心遣いやニュアンスの微妙な機微を無視する単純なレッテル用の言葉だからだ。
だから新海誠監督の「雲のむこう,約束の場所」のあの切ないほどの痛みや感動を,セカイ系のひと言で言い表したつもりになっている文章に当たると無性に腹が立つ。なぜそんなにありきたりのレッテルを安易に使うのだろう?それが不思議で仕方がない。
つまり,そんなものでわかった気になってるんじゃねえぞ!と言いたいわけだ。赤を表す言葉は「赤」一文字だけじゃないだろ?安直なレッテルなんぞ使わずに多様なグラデーションの中から最も自分の感動にふさわしい赤(言葉)を探してこいよ,とも言いたいわけだ。
ああ,ちょっと興奮してしまった。この作品がとても気に入ってしまったのでついつい無感動な評に接するとテンションが上がってしまうのだ。
個人的に夢というモチーフにはとても思い入れがある。だからこの映画はすこぶる感傷的ではあるけどモロに自分の琴線に触れてくる。好きというより痛みを伴っているけど大切にしたいという感じかな。
極々私的な世界と感情が何とも言えず切なくて美しい。モノローグがとても印象的で「ああ,わかるよ,その感じ」というシーンがあちこちにある。普段はそういった部分をこっそり押し隠している人も,ヒロキやサユリの語る孤独な夢の情景には手が触れそうなほどの近さを感じるのではないか。
ならば僕が取り上げるべき名場面はやはりここだ。
現実と夢,ふたつの世界に引き裂かれてしまったヒロキとサユリが,がらんとした病室で世界の壁を越えて再会するシーンだ。あの,もうほんの一歩踏み出せばあちらの世界に渡れるんじゃないかという感覚には昔からとてもなじみがあるので,このシーンを見た時はえらく感動してしまった。ふたりを祝福する監督のハートがうれしい。
DVDではチャプター12。時間にしてだいたい54分7秒付近かな。何度見てもうるうると涙腺を直撃されてしまう。
この映画でもうひとつ特筆すべきは背景美術のすばらしさだ。高度にテクニカルな描き手は他にいくらでもいるだろうが,この映画のようにエモーショナルな背景には滅多にお目にかかれない。レイアウトと色使い,音楽とモノローグ,その組み合わせのセンスが絶品だ。感情を揺り動かす背景美術なんていつ以来だろう。
こんな映画を見せてくれた監督さんが,これから先まだ何十年も創作期間のある若手だというのがなんとも頼もしい。
雲のむこう、約束の場所 MZDV-0005
発売元(株)コミックス・ウェーブ