どら平太の茶碗両断

■どら平太■

うひゃーこれシリーズ化してくれないかな〜,というのが市川崑監督「どら平太」を見たときの最大の感想。しばらく時代劇にはご無沙汰だったとはいえ,こんなに痛快で面白い時代劇は久しぶりだ。これが御年85歳の超ベテランの最新作だというんだから驚いてしまう。

冒頭の「或る藩」の小ネタだけで「お?」となにやら面白そうな予感がするのだが,その期待は最後まで裏切られずに2時間弱をめいっぱい堪能することができる。なぜ80を越えてこんな軽快なエンタテインメントを撮れるんだろうと不思議な気分になるくらいだ。

だいたい老境に入った作家の作品って重厚にはなるけどテンポが遅くなったりギャグが時代遅れになったりするものだ。偏見かもしれないが僕にはそんな印象がある。

しかしこの「どら平太」の小気味よさはどうだ!

歯切れのよいセリフ,メリハリのある殺陣,なじみやすいキャラクター,つい吹き出してしまうユーモア,ストレートな物語……そして何より濃厚な本物の時代劇の雰囲気。チャンバラ映画はこうでなくちゃね。古すぎず,といって妙に頭でっかちな今風のテイストでもない,ベテランの余裕と安心感に満ちた娯楽作品の王道みたいな映画である。

ちなみに極太明朝体の文字が踊るタイトル部分で「エヴァみたい」などと言ってはいけないぞ。こっちが本家本元なんだからね。

劇場で見たときまず印象的だったのはセリフの明快さである。現代語風でしかも非常に明瞭でありながら時代劇の雰囲気はいささかも損なわれず,むしろ現代の観客にはとても聞き易い。活舌の見本みたいなしゃべりである。まっとうな演技力のある俳優がやるとかくも気持ちよく見られるものかと感心してしまった。

下手な伏線をはらずに一直線に突っ走るストーリーも気持ちいい。敵の黒幕の正体がすぐわかってしまった,なんて感想もあるが,あれはすぐわかるように作ってあるのだと思うぞ。むしろどの時点で主人公とどう対決するのか,という観客の興味にどのように応えるか,そっちの方に力点が置かれているように僕には思えたな。

アクションも小気味いい。クライマックスの50人斬り(峰打ちだが)もいいんだが,ここではそのちょっと前,どら平太が敵の3人の親分と対決する場面での茶碗両断のくだりを取り上げてみたい。

相手が義兄弟の杯を叩き割る(つまり兄弟の契りを取り消すってことね)のに対して主人公も同じく杯を返すのだが,ここで彼は杯の代わりに自分が使った湯飲みに軽〜く手刀を下す。すると一拍おいて湯飲みはからりと両断されるのだ。

DVDではチャプター14の78分45秒あたりか。なんてことはないシーンなのだが,このさりげない一撃に主人公の武芸者としての並々ならぬ力量がうかがい知れるわけである。その後の派手な大立ち回りの前の静かな,しかしこの後どんなアクションになるんだろうという期待に満ちた戦いの序曲なのだ。

もしこんな作品が毎年正月映画として見られたらホントにうれしいんだがな。ムリとは承知しているがシリーズ化してくれないかなあと願うのみである。未見の人はビデオ屋に直行だ。プレーヤーお持ちの方ならDVDは必携である。

どら平太 DVF-22
発売元(株)日活