二元論を超えるダーククリスタルの神話

■ダーククリスタル■

ジム・ヘンソンが生み出した異世界ファンタジーの傑作「ダーククリスタル」はその後全く追随者が現れないことでもわかるように,独創的で傑出した作品である。しかも幻想的で異様に美しい。劇場で見逃した僕にとって,その後発売されたLDは実に貴重な1枚となっている。

人間が一切登場しない異世界の物語であり,登場するのはマペット(人形)とメカトロニクスで操られるキャラクターばかり。主役の少年と少女はほぼ人間に近い造形だが,かれらもまた人間ではない異種族である。いわば徹頭徹尾作りものの世界なのだが,美術スタッフの力はすばらしく,称賛に値する仕事ぶりだ。

邪悪で醜いスケクシー族と平和的で叡知に満ちたミスティック族というありがちな正邪の狭間で世界の命運を託された少年少女の物語。一見するとそうした類型的な物語と錯覚してしまいそうだが,物語終盤にいたってこの作品が意外なほど深い思想をはらんでいることがわかる。

クライマックス(ネタバレごめん)の波乱の中,主人公たちの悲壮な活躍によりこの対立するふたつの大きな力は合体して神々へと昇華する。邪悪な魔族はもちろん,神の意志を体現するかのような善なるミスティック族でさえ正されるべき不完全な存在であるという視点が面白い。正邪共に対等でしかも共に不完全であるという世界観なのである。

凡百の作品では無条件で「善」の方が祝福される存在であり,最終的な勝利を約束されている。しかしこの「ダーククリスタル」では,正邪の両勢力は共に相手と合一して初めて本来の姿へと復帰できるのである。月並みな善と悪の概念を超えた存在としての神。しかもそのためには彼らよりはるかに力の劣るひ弱な存在(主人公たち)の決死の努力を待たねばならなかったという真相。すなわち神々もまた人間の助けによって更なる高みへ昇っていくという思想である。主人公たちは人間ではないが,この場合人間を仮託された存在と考えていい。

深読みに過ぎるかもしれないが,ここには小さな力弱きものたちの存在意義が明確に語られていると思う。この「ダーククリスタル」が並の冒険ファンタジーと一線を画しているゆえんである。

とりあえずサイド2の35分20秒あたり。壮麗な破局と誕生を目撃しよう。本当に情感あふれるシーンは実はその前後にあるのだが,あえてふれまい。主人公たち,特に少女キラの造形と芝居はみごとで,そこにすばらしい音楽が鳴り響いてラストの感動もひとしおである。

それにしてもこれだけボックスものが出る時代になぜこの作品のスペシャルコレクション版がリリースされないのだろう?これほどスペシャル版にふさわしい作品はめったになかろうに。現存するLDは発見次第即入手しておくべき必携の1枚である。

ダーククリスタル SF078-0051
発売元(株)レーザーディスク/パイオニア