雫ちゃんのカントリー・ロードを聞く

■耳をすませば■

スタジオジブリの近藤喜文氏が亡くなられたことは,ジブリのみならず我が国アニメーション界にとってもたいへんな痛手だったと思う。「耳をすませば」での実に透明度の高いみずみずしいドラマに感動した身にはひたすら残念でならない。

「耳をすませば」は何というかたとえようもなく清々しく幸福感に満ちたラブストーリーだ。お先真っ暗の世紀末的ハルマゲドンの世界に住んでいる今の人たちには「気取っている」とか「きれい事過ぎる」とか言われそうな作品かもしれない。けれど,この映画の中の世界に住みたいと思った人はきっと少なくないと思う。本当は「住みたい」ではなく「帰りたい」なのだということに気がついた人も。

中年の僕には郷愁なのかもしれないが,懐かしさだけではない。美しいもの大切なものへの純粋な感動,憧憬といった感情を強烈に呼び覚ます作品である。いくら世の中が殺伐としていようと大切なものは変わらずあるのだ。

さてこの映画のメインテーマでもある名曲「カントリー・ロード」だが,作中でも冒頭のオリビア版や中盤での月島雫版,そのスケールアップバージョンであるエンディング部分など,繰り返し登場してくる。むろん,聖司のバイオリンにあわせて雫が歌うパートがなんといっても忘れがたい。ちなみに日本のアニメで最初にドルビーデジタルを採用したのがこの作品だったと記憶している。

LDではサイド2のチャプター22だ。ああ,こんな暮らし(青春)がしたかったな〜という思いで切なくなった人も多かろうな。わずか3分のために3千枚使った労作である。心して見よう。雫や聖司や西老人たちの暖かな気持ちが伝わってくる名シーンだ。

西老人といえば,暖炉のそばでまどろむ彼の夢に登場する昔の恋人と,彼を訪れた雫を同じパターンでだぶらせて描いたシーンがある。あそこは見る度に泣けそうになる。脚本/絵コンテの宮崎駿と監督の近藤喜文のどちらのテイストなのか僕にはわからないが,この映画にはこんな思いがけずこっちのハートを揺り動かすシーンがあちこちにある。日常のドラマだからといってあなどれない,中身のみっしり詰まった傑作なのだ。好きだなあ。

宮崎アニメでも高畑アニメでもない,近藤アニメの実現しなかった未来にしばし思いをはせよう。

耳をすませば TKLO-50170
発売元(株)徳間書店/徳間ジャパン・コミュニケーション