富士山大噴火

■日本沈没■

僕はリアルタイムで小松左京の「日本沈没」を読んだ世代だ。中学時代だったか,それとも高校生になっていたかはっきりしないが,とにかくあの大長編は空前のブームになっていた。

あれだけの巨大な設定を真っ正面から押し切るなんて芸当は世界広しといえども小松左京のみに可能な力業だった……ということがわかったのはその後しばらくしてからだ。当時の僕はSFと本格遭遇する前で,氏がいかに桁外れの作家であるかまだ知らなかった。小松左京ってジュニアSFの人でしょ,という程度の認識しかなかったのである。

その面白さ,興奮,衝撃,戦慄……読後感の重さと充実感は今思い返しても僕の活字人生屈指の経験だった。それが超大作映画になるというのだから当然見に行った。感想は……複雑だった。

当時の僕は映画ファン以前の未熟な観客であり,原作と映画の差異やイメージの食い違いなどにうなずけない思いを抱いたのだった。今は原作至上主義者ではないのでもっと素直に楽しめるのだが,当時は原作並の深い満足感を無意識に求めていたのかもしれない。

そしてLD時代も終わりを告げる頃,僕は再び映画「日本沈没」にめぐりあった。不満だったはずなのに思わず手に取りレジへ直行していた。どうやら思っていたよりずっと心の深いところに引っかかっていたようである。

今どきの邦画じゃなかなかお目にかかれないすごい横長画面で,4:3のテレビで見ると画面の3分の2は無駄になってるかも,というくらいだ。ワイドテレビでもまだ上下の黒味が「もったいねー」と感じるかもしれない。シネスコ映画をテレビで見るのはかくも悲しいことなのである。

それはともかく,今見るとこの映画,ものすごく直球勝負だったんだなと実感する。究極の大状況ドラマなので,悪党なぞ出る幕はないのである。全員が日本列島沈没という未曾有の危機に真摯に立ち向かっていく。その努力を無慈悲に押しつぶしていく大災害を前にして,それでも未来へ向かおうとする人々のドラマなのである。ああ,この感想にはちょっと原作のそれが混じってるかもなあ。

シーンとしては東京大地震の場面が大迫力だけど,ここでは富士山噴火のパートを取り上げることにする。噴火の混乱に巻き込まれたヒロインの玲子と小野寺の電話越しの別れのシーンでもあるからだ。LDではサイド3のチャプター12である。

本物の噴火の記録映像がたくさん使われていてその方が特撮部分より断然リアルで迫力があるけど,まだ現代的なSFXもCGもなかった頃の仕事(73年作)である。今ならさぞかしすごい映像ができるだろうと思うかもしれないが,いかんせん,今ではこのような大状況超大作映画は作れないのだ。もちろん邦画各社にそんな度胸がないからである。

映画冒頭の深海調査船わだつみ号のシーン,映画館では画面が暗くて目の悪い僕には何が映っているのかよくわからず,たいへん悔しい思いをした。僕が後にホームシアター派になったのは高輝度のプロジェクターでこの悔しさをはらすためであった。おかげで今は日本海溝の底の異変もよくわかる。満足だ。

日本沈没 TLL 2206
発売元(株)東宝