レイチェルとデッカードの愛のかたち

■ブレードランナー■

ディレクターズ・カットなる特別編集版の呼び名が定着したのはリドリー・スコット監督の傑作「ブレードランナー」のそれ(最終版と銘打たれている)が登場してからだと思う。確かに最初にビデオリリースされたものと比べると細かいニュアンスが違っている部分も多いが,出口の見えない閉塞した世界観というのは変わらない。暗い映画である。

ハリソン・フォードにはいつもへろへろになってやっとのことで窮地を切り抜けている,というイメージがつきまとう。少なくとも僕にはそう。爽快感のあるヒーロー役はハン・ソロくらいかな。それだけこの「ブレードランナー」のイメージが強烈だったせいかと思う。

この映画,後に山ほど亜流を生み出したことはご存じのとおりで,まさに画期的な作品だったわけだが,マネされるのはくら〜い未来世界の造形だけ。しょせん亜流は亜流でしかない証拠に,この作品の華ともいうべき名場面の数々には追随者が現れない。

その好例が主人公デッカードとレイチェルのラブシーンである。

誰に聞いてもあそこはすばらしいと答える本作中白眉の名場面。デッカードの部屋でゆっくりと髪を解くレイチェルのあのシーンである。続くデッカードとの短いやりとりはこの鬱屈した世界ではあまりにも危うくはかなげな愛の予感に満ちている。

LDではサイド2チャプター3の9分30秒あたりから。でも情感第一ならその1分前から確認するよろし。傑出したラブシーンなので字幕だっておろそかにはできないのだが,ディレクターズ・カット版のそれは初期版LDに比べるといくぶん平板だ。

まあ Kiss Me とか I Want You といった英語コンプレックスの某国人にもわかってしまうセリフなので,あまり意訳の入り込む余地はないんだけどね。

このシーンがある故に,ラストでレイチェルの安否を確かめるデッカードの猛烈な緊張が生々しく伝わってくる。映画も小説も時が経てば細部は忘れていってしまうものだが,こういったエモーショナルな記憶というのは永く心に刻まれて作品の評価をますます高めてゆく。

少し前に,原作であるディックの電気羊ではなく,この映画版の続編が小説として発表されたが,それを実現させたのもこのラブシーンがあったればこそだろうと思っている。

ブレードランナー最終版 NJL-12682
発売元(株)ワーナー・ホーム・ビデオ