悪いことがしたい……

■哀しみのベラドンナ■

手塚治虫の虫プロにはエロティックな成人向け長編アニメの製作という顔もあったのだが,この分野の仕事はあまり顧みられていないようだ。アニメラマなんてキャッチフレーズで何本かの長編があるのだが,今どきのアニメしか知らない人にはかなり独特の作品群に見えるかもしれない。

近々それらがDVD化されるということで(今は2001年秋)まことにうれしい話であるが,中でも「哀しみのベラドンナ」がリリース予定というのは朗報だ。ああ。早く出してくれないかなあ。

これは日本のアニメ史上でも稀に見る異色作だと思うのだが,その美術性,独創性,そしてあまりに冒険的な試みなど,未見の方々にはちょっとしたカルチャーショックではないだろうか。アニメ・ロマネスクという惹句がまさにぴったりの作品だ。画質も音質もかなりプアな古いLD版は僕にとっていまだに貴重な一枚である。

中世フランスを舞台に,過酷な運命に翻弄され魔女として堕ちていく美しい娘ジャンヌの物語。何がすばらしいといってイラストレーター深井国のあの世界が動いているのである。かつてハヤカワ文庫などで数々のファンタスティックなイラストを堪能させてくれた氏のあの絵が,あのタッチが全編を満たしているのだ。

印象としては止め絵の方が多いのだが,静止画も深井国のイラストなわけで,要するに動いていても止まっていても見惚れてしまうのである。アートだねえ。

僕はリバイバルの時に近くの名画座で見たのだが,白い画面に現れた一本の線が木々になり,人になり,村になって色が付き……という導入部からラストの火刑のシーンに至るまで実に印象的だった。パンフレットを買ってうれしい映画というのはやはり大切な一本だ。

ヒロインは犯され,汚され,運命に蹂躙されてついには悪魔と交わり魔女となっていく。その哀しみの底で「さあ,何が望みだ」と問う悪魔に対して彼女は「悪いことがしたい……」と答える。エロティックに,かつ象徴的に描かれる悪魔との交わりのシーンである。

LDではサイド1チャプター13の43分22秒あたり。ジャンヌ役は長山藍子,悪魔は仲代達矢,ナレーションは中山千夏という具合に声優さんとは違う芝居も見どころ聞きどころだ。73年作だから当然みなさんお若い。

古いリリースで音声もアナログなこのLDだが,リバイバル時にカットされた部分も復元され,今で言うコメンタリーまで収録されたかなりうれしい作りになっている。深井氏はじめスタッフの座談会は歴史の証言といった感じでかなり貴重な代物だ。DVD版にも忘れずに収めてほしいものである。

とにかく史上に残るアーティスティックなアニメーションであり,ぜひともあなたのキャリアに加えていただきたい一本。リリースされたら必携だ。

哀しみのベラドンナ G98F0162
発売元(株)ポニー