ジャスミンの手品

■バグダッド・カフェ■

映画で描かれるものというのはものすごく多様だからいろんなお話が存在するわけなんだけど,最近はハリウッド流娯楽指向があまりに強力でしかもそれらも続編やリメイクばかりだからこっちの頭もすっかり単純になってしまっている。おかげでちょっとばかり風変わりなストーリーやモチーフの作品にぶつかるととたんに頭が空洞になったり拒絶したりというもったいないことにもなりかねない。

普通にいろんな映画を見ていればそんな偏りに足を取られることはないと思うんだけどね。やっぱり間口は常に広く開けておかないと,と思う。なんでそんなわかりきったことをあらためて言ってるかというと,久々に取り出した「バグダッド・カフェ」を夜中に見たから。

いやー不思議な映画だよね,これ。ストーリーを聞いても全然本質が伝わらない作品はたくさんあるけど,これも間違いなくそのタイプ。思考能力を必要としないハリウッド・アクションばかり見ている人にはこういう映画を作る人,あるいは見に来る人がいるって不思議以外の何ものでもないかもしれない。

砂漠を走るハイウェイの片隅にあるカフェで交わる奇妙な人間模様……くらいにしか表現できないお話だけど,結局最後まで目が離せない。劇的な事件が起きるわけでもないのに妙にあれこれ気になってしまう。映画に対する興味というのはけっこう揺れや波があって普段は能天気アクションばっかりという人でもある時ふとこういう映画にハマるとがらっと好みがひっくり返ったりする。そういう妙な気配がこの映画にはあるね。

砂漠の乾燥した熱気,暗い青空,きれいな夕暮れ,荒涼とした風景,さびれたドライブインのたたずまい……見終わるとそれらがけっこう残っていることに気が付く。そこへもってきて主人公ジャスミンの強烈なキャラクターだ。おまけに主題歌は大ヒットしたあの曲で忘れがたいときてる。ことあるごとにこの映画を挙げる人の気持ちもわかる気がするな。こういうヒロインを悪夢だと感じる人もいるだろうけど。

その主人公ジャスミンがカフェで最初にマジックを披露するシーンが印象的だ。その後のいろんなマジックのシーン以上に最初のシンプルな手品のシーン,ただでさえ正体不明なデブ女(失礼)なのにいったい何者?ってなわけでここからストーリーがまた転がっていく予感をはらんだシーンなんだよね。

DVDでは75分21秒あたり。結局あれはどうなったんだ?こいつはなんだったんだ?という疑問があちこちに散らばったまま終わってしまうんだけど不思議と後味がいい。細かく分析したい人にはいろいろ深読みできる作品なんだろうけど僕にとっては昨夜見た奇妙な夢の残滓といったところだ。ドイツ映画って手強いなー。

余談だけどうちにあるDVDはごくごく最初期のもので,一切のサービスがない。チャプターもなければ予告編も,メニューさえない。いきなり本編が始まって終わる。本編にたどり着くまでに疲れ果ててしまうような最近の凝り凝りメニューに慣れているといっそ潔いと感じたよ。

バグダッド・カフェ COBM-5008
発売元(株)日本コロムビア